火魅子伝・後記 壱

 九洲全土を覆い尽くした戦火は、火魅子候補の一人藤那が火魅子の座に戴冠した事で終わりを告げた。
  だが、それで荒廃した国土が元の姿に戻るわけではなかった。むしろ、この国に残った問題はより多く重い物だった。

「じゃあ、亜衣。今日はこれくらいにしようか?」
  疲れているのか顔色の悪い九峪が、目の前に山と積まれた竹簡を押しのけて固まった体をほぐすように体を動かしながら立ち上がった。
「そうですね」
  九峪と床机を向かい合わせにして座っていた鋭利な印象の美女が、同じように疲れているのだろう一息を吐くように答えた。今や、新生耶麻台国の宰相とでも言うべき立場に収まっている宗像姉妹の長女亜衣である。
  執務室に散乱した大量の竹簡が、ここ数ヶ月続いている忙しさを二人に代わって代弁しているかのようだった。 ここ数日の間、九峪は亜衣と共に耶牟原城の執務室に詰め、新生耶麻台国の体制作りに奔走していた。
「お疲れですか?」
 明らかに疲れた様子の九峪を見て、亜衣は幾らか心配そうに聞いてきた。そんな亜衣に、九峪は笑い返した。 疲れていない訳ではないが、それを言えば実務のほとんどを仕事として受け持っている亜衣の方がよほど疲れているはずだった。
「いや、まぁね。けど、だいぶ目途がついてきただろ」
「ええ、もう三カ月も経つわけですから」
「そうだなぁ。もうそんなに経つのか……」
 九峪は、感慨深げにそう呟く。
 それまでただの高校生に過ぎなかった九峪が、曲がりなりにも復興軍を率い二年もの間激しい戦場を駆け巡ったのだ。あの日々には、感慨などという言葉では追いつかない思いが九峪にはあった。
 それが達成してより、すでに三ヶ月。さすがにあの日々の忙しさには比べようもないが、九峪は目の前に山積する問題に忙しい毎日を送っていた。
 実務にこそ九峪はまだ疎い点は多いが、曲がりなりにも基本的な教育を受けた九峪はディスクワークでは思いのほか力を発揮していた。また、それ以外にも国の構想作りなどに大いにその手腕を振るっていた。地方の豪族などとの折衝には黙ってそこに居るだけでも神の御遣いの名は大いに役立っていた。
「ええ、耶麻台国を復興させ、藤那様が火魅子に即位されてから。もう、三月です」
 だが、亜衣が感じる感慨は九峪が思いを馳せる物とは大いにかけ離れているらしく、亜衣の口調に九峪のようなどこか満足げな響きは無い。どちらかと言えば、まるで事半ばで破れたような悔しさがにじみ出ている。
 耶牟原城を落とした次の日、次の火魅子に選ばれたのは藤那だった。無論、九峪が直々に選んだわけではないのだが。それまで、周囲から九峪こそが次の火魅子を選ぶものだと考えられていたため、乳兄弟の星華の火魅子即位に命をかけていた亜衣からは、その日以来九峪は目には見えないプレッシャーを受け続けていた。
「うぅ、そんな恨みがましい目をするなよ。俺のせいじゃないんだから」
 九峪は、亜衣の冷く暗い視線に顔を引き攣らせた。
 こちらの世界に来て、ニ年と半年。九峪も幾多の激戦を潜り抜け、神の御遣いの名に恥ずかしくない程度の風格を身につけていた。それでも冷血爬虫類を想起させる亜衣の冷たい視線の前では、九峪も背中に冷たいモノが滑り落ちて行くような感覚を覚えずにはいられなかった。
「……まあ、そうなんですが」
 亜衣も、キョウに説明を受けしぶしぶながら納得はしていたのだが、それでも悔しいものは悔しいのだから仕方ない。
「ほら、星華だって仕方ないって言っていたし。もう、さ」
 九峪が言う通り、亜衣ほど執念深さにかける当事者の星華はすでに諦めているらしく恨み言など聞いた事はない。だが、星華の後見人して師たる亜衣としてはそんな星華の態度にも苛立ちを覚えるのだ。
「……」
「じゃ、じゃあ。俺はこれで」
「……はい」
 九峪が後ずさりで執務室を出かかった所で、亜衣は腹の底からようやっと捻り出したような低い返事を返した。
(やれやれ、亜衣の執念にも困ったもんだな)
 なにやら怨念のこもった視線に見送られ内心の苦笑と共に執務室から出た九峪は自分の部屋に戻るべく、耶牟原城の広い廊下を歩き出す。本来は、護衛に清端が付き添う所なのだが今清端は他の任務で耶牟原城には不在だった。
(……半年、半年か)
 亜衣の言葉に触発されたのか、九峪は一人広い廊下を歩きながら、あの日の事をつらつらと思い出していた。
 あの日、九峪は目の前に突如現れた光の柱を目の前にして、この世界に残る事を選んだ。あの時の決断を後悔しているわけではないが、それでもやはり時々自分が捨てた世界の事を忘れる事ができるモノでもなかった。
 二話まで見たTVドラマの続き、発売を心待ちにしていたCD、学校の友人との約束、両親、そして何より日魅子の事。
「……九峪様」
 九峪の思考は、出口の見えない思考迷宮の一歩手前で若い女性の声で現実に呼び戻された。
「やあ、伊万里じゃないか。仕事の方は終わったのかい」
 九峪が振り向くと、そこには目の覚めるような赤の鎧を身につけた伊万里が、その美しく伸びた長い髪を揺らしながら慎ましげな笑顔を浮べてゆっくりと近づいてきていた。
 元火魅子候補の伊万里は今、耶麻台国軍の一翼を担う将軍として城に残っていた。
 他の元火魅子候補達もそれぞれ重要な役職に就き、耶麻台国の為に働いていた。もっとも、いくら元とはいえ火魅子候補が、各地に点在すれば後々要らぬ騒乱の元になるのではないかという政治的判断が働いた結果でもあった。
「ええ、大丈夫です。それより、今日はどうしましょうか?」
 伊万里は、他の火魅子候補とは違いどこまでも礼儀正しく九峪に接する。それは九峪に隔意を持っているわけではなく、伊万里の一途な真面目さの現れだった。少なくても、耶牟原城にいる限り伊万里がこの態度を崩す事はほとんどない。
「うん、じゃあ。頼もうかな」
「それでは……」
 伊万里は、九峪の返答に少しばかり嬉しそうに答えると、九峪を先導するかのように歩き出した。
 ガキ、ガキ、ガチッ
 金属の撃ち合う音が、夕闇迫る耶牟原城に響き渡る。九峪と伊万里は今や半ばまでその姿を隠した太陽に赤く彩られ、手に刃を潰した刀を構え相対していた。もっとも、二人の様子はかなり異なるモノだったが。
「はぁはぁはぁはぁ」
「どうしました、もう息が上がりましたか?」
 すでに肩で大きく息をしている九峪とは対照的に、伊万里の方は微塵の乱れも見えない。刀を正眼に構え、余裕の表情で九峪を見ている。
 九峪は、戦が終わった今でも暇を見つけては剣術の稽古を続けていた。少なくても、この世界に残る事を選択した以上、ある程度の体力と剣術は必要不可欠だった。
「はぁはぁはぁ、まだまだ」
「では、もう一手」
 九峪が何とか荒い息を落ち着けると、目の前で自分に向かって刀を構えている伊万里をしっかりと見据えた。
(綺麗だよな……、やっぱり)
 九峪は、まるでその場とは関係無い事を思わず考えてしまった。それほど、夕焼け全身に受けた伊万里の姿はまるで一枚の絵画のような凛とした美しさを放っていた。
「どうかしましたか?」
 どこかぼうっとした表情で、自分を見つめている九峪を訝しがったのだろう伊万里が困った様に尋ねた。
「い、いや。いくぞ」
 九峪は、余計な考えを振り払うように頭を振った。
「はい」
「いやぁぁぁっぁぁ」
 剣先の探り合いを数度繰り返した後、九峪は思いきり刀を振りかぶると、九峪なりの裂帛の気合と共に切りかかった。無論、九峪とてこんな力技が通じると思ったわけではなかった。本命は、伊万里が後ろ又は左右によけた後の胴薙ぎだった。
「甘いですよ」
 伊万里が微笑むのが、九峪の視界を捉えた。それだけで、九峪が自分の策がやぶれさったのを理解するには十分だった。
 ガキ
「う、わぁぁぁぁ」
 右肩を狙った九峪の渾身の一撃を、伊万里は避けるどころか前に出て易々と刀で受けてみせた。挙句、剣ごと九峪の体は地面に跳ね飛ばされた。
「ま、まいった」
「ふふふ。でも、だいぶ良くなってきましたよ。九峪様」
 地面に尻餅をついて情けない声を出す九峪を、伊万里が笑って手を差し出してくれた。普段、真面目な表情を崩す事のない伊万里なだけに、時々見せる柔らかな笑みはまた違った魅力がある。九峪は思わず伸びそうになる鼻の下を戻すのだった。
「そ、そうかな。こう、やられっぱなしだとなぁ……」
 起き上がりながら、実感がわかない、と続けようとした九峪の体に柔らかな物体が突然抱きついて来た。
「うあわ」
 九峪は、頭の側頭部に極上の柔らかさをもつ二つの塊を押しつけられ、思わず情けない声を上げた。
「それは、仕方ないよ〜、九峪様〜」
 その九峪の声にかぶさる様に、若い女のどこか媚びたような感じの声が九峪の耳のすぐ横から聞こえた。
「なっ」
「だ〜って、伊万里は子供の頃から剣を習ってきた訳だし。すぐに勝てる様にはならないって」
「こ、こら」
 九峪が、視線を上に向けると、案にたがわず伊万里の乳兄弟の上乃の無邪気な笑顔があった。伊万里はというと、今までの落ち着き払った態度を一変させ、おたおたと怒っているような恥ずかしがっているのか顔を夕焼けのみならず赤くさせていた。
「そ、そうだよなぁ」
 耶麻台国において、こと胸の話となれば香蘭と星華がその大きさで双璧を争っているのだが。上乃も十分な大きさと弾力性を誇っている。
「は、離れなさい」
「ぶ〜、いいじゃない。今まで伊万里が独占してたんだから、少しぐらい」
 上乃は九峪を放さず、いやいやをするように胸に九峪の頭を抱いたまま体を左右に揺すった。無論、その度に九峪の両頬に胸が当たり、九峪としてはその弾力と張りを充分過ぎるほど堪能することになった。
(……ご、極楽)
 伊万里がいる手前、九峪は何とか鼻の下が伸びきるのを我慢するのに手いっぱいだった。
 そんな九峪の人知れぬ苦労を挟んで、伊万里と上乃の口喧嘩は徐々に終結を迎えつつあった。
「ど、どくせんって、私は、そ、そんなつもりは」
「あ〜、伊万里。顔真っ赤だよ〜。ふふふ、図星?」
 上乃が、伊万里を指差し意地悪く笑う。
「な、なっなっ」
 自分でも自覚はあったのだろう上乃の指摘に思わず伊万里は、ボディブローを食らったボクサーの様にあとずさった。
「あ〜ん、九峪さま〜。伊万里、ここ痛いの〜。見て〜。ははは、見せてごらん、伊万里。ここかな。いいえ、もっと下です。そうかそうか。きゃ〜、二人とも大胆〜」
 上乃は、九峪を放すと身をくねらせ、わざわざ声色まで使って一人芝居をしてみせる。
「きーーーーーー」
 我慢の限界だったのか、伊万里が耳まで真っ赤に染め上げて上乃に飛び付く。
「えへへへ、ここまでおいで〜」
「じゃ、じゃあ、俺はこれで」
 何やら練習場を使って追いかけっこをはじめた二人を尻目に、九峪はその場を逃げる様に立ち去った。
「あ、九峪様」
「え〜」
 二人ともその言葉に驚いて、振り向いた時にはすでに九峪の姿はなくなっていた。
(ふ〜、二人とも変わらないのがいいのか、悪いのか。でも……)
 廊下を急ぎ足で歩きながらも、みずみずしい感触を思い出してどうしようもなく顔の緩む九峪だった。
「九峪様」
 声を掛けられて、振り向くとそこにはいつものように珠洲を連れた元火魅子候補の志野が九峪に向かって歩み寄ってきていた。
「やあ、志野。それに、珠洲」
「お仕事の方は終わりになられたのですか?」
 涼やかな目元で、柔らかな笑みを浮べながらも志野はどこか艶っぽい。九峪などは、こうやって志野に笑いかけられると亜衣との視線とはまるで違うぞくぞくとしたモノを背中に感じるのだった。
「ああ、もう峠は越えたからね、うん。そっちは?」
「ええ、だいぶ元雅楽団の方達も戻ってきていますし、あちらの方も清端さんがいらっしゃいますから」
 今、志野は亡父の意思を継ぐような形で宮廷雅楽団の再建に力を注いでいた。王族にして元火魅子候補としては低過ぎる地位ではあったが、志野自らが望んだ為の措置だった。その一方で、志野はもう一つの仕事をも抱え込んでいた。   それは、乱破や山人を統括する情報収拾の長としての勤めだった。
「まったく、清端がもう一つの方を引き受けてくれれば苦労も少なかったのになぁ」
 九峪は本来、そういった仕事は清端に全て任せるつもりだったのだが、清端がそれを断り一乱破でいる事にこだわったため、志野の身のこなしをよく知る藤那の推薦もありお鉢が回ってきたのだった。
 当初はこの仕事に難色を示していた志野だったが。持ち前の行動力と細かい所にまで神経を通す真面目さで、見事に耶麻台国一国に止まらない強大な諜報網を作り上げていた。今では内外のゴシップから軍事機密まで志野の耳に入らないものはないとまで言われている。
「……」
 普段なら、会った途端嫌味の一つも飛ばすはずの珠洲が黙り込んで九峪を睨み付けていた。
「何だ、珠洲」
 珠洲の九峪嫌いは、戦が終わった今でも収まってはいない。というか、以前にも増して敵意を剥き出すようになっていた。珠洲との友好関係を築く事をとうの昔に諦めている九峪だが、こうまで明らかに睨みつけられるとどうにも落ち着かない。
「……すけべな顔してる」
「なっ」
 あまりに直接的な珠洲の言葉に思わず九峪は、両手で顔を覆う。
「こ、こら。珠洲」
「どうして、そんな顔するの。志野がかわいそう」
「へ?」
 九峪は、思わぬ形での攻撃に間抜けな声を出した。
「す、珠洲」
 志野は、慌てて珠洲の体を掴む。だが、珠洲は何故か涙目で九峪を睨み付け、攻撃をやめようとはしない。
「いい、九峪様。私は認めたわけじゃないんだから。志野がど〜〜〜〜〜〜〜しても、あんたじゃなきゃ駄目って顔して」
  ぼぎ
「きゅ〜」
 志野の拳固が珠洲の頭に鈍い音と共に叩きこまれ、珠洲の体はまるで九峪に向かって土下座でもするような形で前のめりに崩れ落ちた。
「す、すみません、九峪様。この子、どうにも気が動転してるみたいで。なんだか、訳のわからない事口走りましたけどお気になさらないでくださいね」
 志野は、日頃の沈着冷静さが嘘のような早口で九峪にそう弁解じみた言葉を並べ立てた。普段は渡来の陶磁器のように白い頬には心なしか朱をさしたように赤みがかかっている。
「……あ、ああ」
「この子が言った事気にしないでくださいね。ほんと〜〜〜〜に、何でもないですから」
「あぁ、わかった」
 あまりに志野の必死な口調に九峪は思わず、訳もわからず頷いてしまった。
「そ、それでは」
 志野は一礼すると、目を廻して倒れている珠洲の襟元を掴むとそのまま引きずっていってしまった。
「なんだったんだ、あれは」
「隅におけませんな、九峪様」
 呆然として二人を見送った九峪の横に、ひょこっと小さな頭が生えた。
「なっ、只深か」
「う〜ん、志野さんもか、これは気が抜けませんわ」
 九峪が見ると、すぐ隣で只深がうんうんとしきりに頷いていた。
 やはり元火魅子候補の一人である只深は、今や世界一の商人の道を捨て、耶麻台国の財政を一手に引き受け活躍している。今や只深の夢は、耶麻台国を世界一の貿易大国にまで育て上げる事に変わっていた。
「何の事だ、そりゃあ」
「いえいえ、こちらの事です。それより、親父殿からの手紙が何故か九峪様に来ているんですわ」
 あっさりと九峪の疑問を受け流すと、只深は九峪に一つの封書を差し出した。
「そ、そうか。ありがとう」
 今度は九峪が慌てて引っ手繰るように封書を掴むと、曖昧きわまる笑みを浮べその場から逃げ出そうとした。もっとも、好奇心で目を凛々と輝かせている只深がそんな態度で逃げを打つ九峪を逃がすわけが無い。
「それはいいんですけど、なんです。うちの親父殿からの手紙って」
「い、いや、何でもないんだ、何でも。ははははは」
「えらい、うさんくさいんですけど」
 あくまで笑って誤魔化そうとする九峪に、只深があからさまな不信の目を向ける。
 手紙というのは無論、紙で出来ている。この時代紙は非常に貴重品だ。それを使ってやり取りするからには、かなりの重要な要件に違いない。しかも、只深に言伝を頼まないというのはその内容を知らせたくないと言う事を意味している。
「ほ、ほら、借金の事でさ」
 確かに復興軍は戦時中、只深の父に武器や糧食など大量に出世払という形で借入れていた。財政担当とはいえ只深の今の仕事は、その工面に走り回るのが仕事の大半を占めている。
 ちなみに、最初に九峪に貸しつけたのは只深本人なのだ、貸しつけた本人がその工面に奔走するというのも何とも皮肉な話だった。
「それなら、なおさらうちを通してもらわんと」
「い、いや、たいしたことじゃないし、じゃあ」
 遂に只深の追求に耐え切れなくなった九峪は、くるりと後ろを向くとそのまま走り去ってしまった。
「あ、九峪様。う〜ん、ええ茶入ったんで誘おうと思ったのに」
 すごい走り去る九峪を見ながら、只深は溜息をついた。これが商談ならこんなに簡単に獲物を逃がす只深ではないのだが、仕事から離れれば只深も悩み多き純情な一少女すぎなかった。
「何や、只深。空振りか。なっさけないの〜、せっかく色気づいてきたのにの〜」
 どこからとも無く、ひょっこりと伊部が現れると只深の横に寄り添った。魔人にも匹敵する力を持つ伊部だからこそできる技だが、もうすっかりと馴れている只深がこの程度で驚くわけが無い。
「うるさいわ」
「いぃいぃぃぃ、ひ、ひどいで、只深」
 怒声と共に只深は、伊部の丸太のような脛を思いきり蹴り上げる。そして、大げさに痛がる伊部を無視してさっさと立ち去ってしまった。
「……やれやれ、お嬢の春は遠いか」
 只深の姿が廊下の角に消えたのを確認して、伊部は痛がっていたはずの脚を何事も無かったかのように下ろした。そして、只深の為に人知れず溜息をつくのだった。
 二人から、少し離れた所で九峪は立ち止まっていた。
「ふー、危ないとこだった」
(これを知られたら、後々面倒だからなぁ……)
 九峪は、先ほど只深から受け取った書簡を見て、安堵の溜息をついたその時だった。
「何が危ないんです」
「うわーーーーーーーー」
 不意に声を掛けられて、九峪は思わず飛び上がってしまった。
「く、九峪様?」
「な、なんだ。星華か」
 そこには、右手を中途半端に上げたまま驚いたように九峪を見ている星華の姿があった。
 星華は、巫女を束ねる巫女長を務めていた。これは天空人の初代火魅子が起こしたとされる耶麻台国にとって、火魅子に次ぐ地位だった。星華自身、復興軍当初から参加しその地位が高いという事もあったが、彼女が有力な豪族である宗像氏との強い繋がりを持っているという事も強く働いた上の人事だった。
「はぁ。どうしたんですか、そんなに汗をかいて」
「い、いや。はははは」
(な、なんなんだよ、今日は……)
 九峪は、自然と涌き出る冷たい汗をぬぐう事もできず、やはり曖昧な笑みを浮べた。
「まさか、また亜衣が」
 その九峪の態度にやはり異変を感じた星華だったが、その原因に彼女が思い浮かべたのは自分の乳兄弟の亜衣の顔だった。
 亜衣は、火魅子の座が決まった今でも星華と九峪をくっつけようと様々な、それこそ常人では思いもつかない作戦を二人が知らない所で仕掛けてくるのだった。
 ……もっとも、その作戦はあまりに奇抜すぎて今まで成功したためしなど一度もないのだが。
「い、いや。違う、違う」
「申し訳ありません。亜衣は私が火魅子に即位する事に命をかけていたので」
 九峪は、今日に限らず藤那が火魅子の座に就いた時から向けられている亜衣の視線を思い出して思わず苦笑をもらした。
「やっぱり」
 九峪の仕草を肯定と取ったのか、星華はまなじりを吊り上げた。星華自身、火魅子選ばれなかった時はそれは悔しかったが、今となってはもう亜衣ほどの未練は持ってはいなかった。それより、自身の仕事を精一杯して国に仕える事こそ王族の義務だと半ば開き直っていた。
「まあ、ねえ。けど、うん。これは本当に違うから」
「そうですか?」
 今だ、疑いを解こうとはせず星華は心配そうに尋ねてきた。星華自身、嫌というほど亜衣の策略で酷い目にあっているので中々疑いは解けないようだった。
「本当、本当。まあ、ちょっとは言われたけどね」
「まったく、本当に亜衣ったら」
 星華が怒ったようにその場にいない亜衣に呟くが、半ば照れ隠しだった。
「ははははははは」
 乾いた笑いを浮べるしかない九峪だった。
「あら、それは一体?」
 星華が、目ざとく九峪の右手に持った封書を発見する。
「え、いや、何でも無いんだ。じゃ、じゃあね」
「く、九峪様」
 九峪は、封書を胸に抱え、星華の制止を振り切るように立ち去ってしまった。
「だめじゃないですか、星華様」
「そ〜〜だよ〜、御夕食に御誘いするんじゃなかったのぉ〜。亜衣姉様怒るよ〜」
 九峪が、立ち去ったのを見計らった様に星華の後ろから夷緒と羽江がひょこりと顔を出す。
「だ、だって、なかなか。こうきっかけが」
「う〜ん、それはそうですけど……。いいんですか、火魅子様の地位のみならず九峪様まで誰かに奪われても」
「そうだよ〜、ライバル。い〜〜〜〜っぱいいるんだから」
 戦も終わり九峪が総大将の地位から降り、藤那が火魅子の地位に就いた今でも亜衣は星華と九峪をくっつけることを諦めてはいなかった。何と言っても九峪は神の御遣いであり、今でも暗然と火魅子につぐ地位を誇っているのだ。もし仮に、九峪を星華とくっつければ、もはや星華の地位も宗像一族の地位も揺るぎないものになるのは必定だからであった。
「うぅぅ、そ、そういう、夷緒はどうなの?」
 また、宗像氏としては火魅子の座が決まった以上、別に九峪とくっつくのは星華でなくてもいいのも必定だった。そう、宗像の誰かでさえあれば……。
「へ?い、いえ〜、わ、わたしは、その〜」
 思わない指摘に夷緒の顔は、みるみるうちに真っ赤になってしまう。
「わたし〜、わたしも。九峪様好きだよ〜」
 羽江は、「九峪様好き」と連呼しながらピョンピョンと飛び跳ねるが、二人ともいつものようにまるで取り合わない。
「そうなのよね〜。亜衣だってわからないし……。うん、がんばらなきゃ」
 星華は、雲霞のように思い浮かぶライバル達の顔を思い出してめらめらとやる気を出すのだった。
「やれやれ、どうしてこう今日に限って、みんな俺に会いに来るんだ?」
 またもや、その場から逃げ出す様な形になってしまった九峪は冷汗を腕でぬぐう。
「あれ、九峪様」
「……ああ、香蘭か」
 声がした方に九峪が目を向けると、いつものように魏服に身を包んだ香蘭が中庭で空手の型のような格好をしたまま、首だけを曲げてこちらを見ていた。
 香蘭は、母紅玉と共に耶麻台国に腰を下ろす事を決めてからすぐに耶牟原城下に道場を開いていた。また、伊万里と同様耶麻台国軍の将軍としての職務に励んでもいる。因みに、周りの心配をよそに開かれた道場の方はかなりの盛況を誇っていた。もっとも、道場に詰め掛ける連中の多くは紅玉と香蘭の姿見たさの男共がその大半だったのだが。
「どうかしたか? そんなげっそりとした顔して」
「いや、まあ、色々とね」
 なんと言ったらいいかわからず、九峪は言葉を濁した。
「そうか、でも元気なのが一番。そうだ、鍛錬元気出る。これから、いっしょにどう」
「い、いや、あの遠慮しとくよ」
 九峪の顔を冷たい汗が一滴流れ落ちる。さすがに来た当初に比べれば体力も付き、剣術の腕もそこそこついてきた九峪だったが、低級とはいえ魔人をも倒す武術の達人である香蘭に敵う訳も無い。また、香蘭も今一つ手加減というものが苦手だ。生傷の一つや二つでは済まない事は必定である。
「ああ、遠慮いいよ。元気でる」
 九峪の本音を知ってか知らずか、あくまで香蘭は無邪気な笑顔のまま近づいてくる。
「あ、あの、その、ああそうだ。大事な用事を思い出した、ごめん。すぐいかなきゃ」
「……そう、それとても残念。香蘭、九峪様と、鍛錬したかった」
 まるで、風船の空気が抜け出た様にしよしよと香蘭は肩を下ろしてしまう。良くも悪くも、香蘭は子供の様に感情の起伏がもろに表に出てしまう。
「あぁ、そんな泣きそうな顔するなよ。今度、必ず付き合うから」
 そんあ様子に思わず九峪は助け船を出してしまう九峪だった。
「ほんとか、九峪様」
 先ほどまでの落胆ぶりが嘘のように、香蘭がまぶしいばかりの笑みを浮べた。
(……うっ)
 心の中で自分の失言に思わずうめいた九峪だったが、無邪気に満面の笑みを浮べる香蘭に向かって、今更取り消す事もできなかった。
「……ああ、じゃあ。また」
 とにかく、うめくようにそう言うしかない九峪だった。
「はい、楽しみに、してるよ」
 香蘭は、現代で言うスキップに近いような浮かれた足取りで立ち去っていく。一方、九峪はまた増えた厄介事に頭を悩ませていた。
「困ったな〜、どうしよう」
「どうした、九峪」
 今日何度目かの若い女性の声に九峪が振り向くと、そこには九峪の想像通りの人物が立っていた。何といっても、今耶牟原城の中で九峪を呼び捨てにする事が出来るのは二人しかいない。
「ああ、藤那、いや……火魅子様」
 思った通り、そこには二人ほど御付きの女性を連れて今や火魅子となり、耶麻台国の女王となった藤那が威風堂々と立っていた。
 火魅子になって半年、藤那は大過なく女王の職務を果たしていた。
 本来各地の豪族達との接点を持たず拠って立つ基盤が貧弱なはずの藤那が職務を果たせるのは、耶麻台国の復興を豪族達の力をほとんど借りず果たしたという揺るぎ無い事実が豪族達の口出しを押さえ込んでいたからからだった。また、有力な豪族である宗像氏が早くに新女王支持を打ち出した事もあって藤那の基盤は、今や揺るぎの無いものになりつつあった。
「普段は藤那でいいよ。火魅子はあくまで役職名みたいなものさ」
 藤那は、右手で御付きの二人を下がらせると、かしこまって頭を下げている九峪にそう笑いかけた。
「そうか、助かるよ」
 九峪にとって、火魅子という名を呼ぶのはどうにも辛い作業だった。
「……それに、藤那と呼んでくれる人がいなくなるのは寂しいからな」
 普段厚顔無恥を地で行くような藤那にしては、実に珍しくどこか寂しげな声を藤那は出した。
「閑谷がいるだろ」
 九峪は意外そうに、藤那の幼なじみにして遊び道具の閑谷の名前を出した。藤那が火魅子に即位した今でも、閑谷は藤那の側にいつもいる。
「だめだ。あいつが一番、火魅子という名にこだわっているな。どうにも、自分がけじめをつけなきゃだめだと考えてるみたいでな」
「……そういうものか」
 九峪は、閑谷の顔を思い浮かべたが、頭こそいいがどうにもそういった事考えるような少年には思えなかった。
「ああ、それにあいつ、この頃珠洲と仲が良いみたいでな」
「へ〜、珠洲とねぇ」
 誰にでも勝気で、志野にしか関心がなさそうな珠洲と、気弱でいつでも藤那の側を離れなかった閑谷の組み合わせと言うのは、九峪にとってはかなり意外の取り合わせだった。正直、九峪には二人が楽しそうに喋ったり遊んだりしている姿は思い浮かばない。かわりに、閑谷が珠洲に言い様に弄ばれる姿は何故か鮮明に想像できたのだったが。
「こういうのを、母親の気分とでもいうのかな?」
「い、いや、どうかなぁ」
 何やら神妙な顔で考え込む藤那だったが、閑谷の気持ちを知っている九峪としては何とも答えづらい質問だった。
「それで、九峪はなんであんな沈んだ顔していたんだ」
「……いや、それが」
 九峪は、取り敢えず香蘭との経緯を話した。
「はははっははははは」
 一通り聞き終えた藤那は豪快に笑い出した。
「笑い事じゃないんだよ」
 憤然として抗議する九峪だったが、もとよりそんなものを藤那が気にする訳がない。
「自業自得だ。後は忌瀬に任せるしかないな」
「はぁ〜」
 アバラ骨のニ三本も持っていかれ、忌瀬の元に運び込まれる自分の姿を思い浮かべて、九峪は深刻そうに溜息をついた。
「そう、辛気臭い顔するな。どうだ、酒でも付き合わないか? 今宵は月も綺麗だ。つまみにも困らんぞ」
 そういって嬉しそうに、酒を呑む仕草をしてみせる藤那だった。
  火魅子になろうが、藤那の酒癖の悪さは少しも改善されてはいなかった。伝統と格式あふれる火魅子の部屋は今や、酒の甘い匂いで満たされ下戸の人間が部屋に入ろうものなら小一時間もせず気分が悪くなるというのは、今や耶牟原城内では有名な話になっている。伊雅などは、当然頭を悩まし改善する様に再三言っているのだが藤那は聞いた様子もない。
「いや、悪いけど。今日は何か疲れたんだ。また、今度な」
 九峪は、うんざりとした様子で断る。一応、こちらの世界に来てから酒の味も覚えたが、九峪は正直あまり好きにはなれなかった。もっとも、それ以上にここで藤那に付き合えば嫌でも朝まで付き合わされるのは目に見えていたからという事もあったのだが。
「そうか、では気が向いたら来てくれ。いつもの所で飲んでいるからな」
 いつもはこと酒宴となると、しつこい藤那があっさりと九峪を解放した。さすがに、何やらぐったりと疲れた様子の九峪を無理に誘うのは、藤那としても心苦しかった。
「お帰り、九峪」
 とぼとぼと自室に戻った九峪を向かえたのは、火魅子となった藤那と並んで九峪を呼び捨てに出来るもう一人の存在。自称耶麻台国神器の一つ天魔鏡の精キョウだった。
 もっとも、ぬいぐるみとほとんど変わらない大きさで、宙にぷかぷかと浮かんでいるその姿には神器の精としての威厳など欠片もうかがう事はできない。
「いいな、お前は悩みなさそうで……」
 九峪は、どっかりと床机に腰を下ろした。
「ぶ〜、何だよ、それ。僕はこう見えても、天魔鏡の精として常にこの耶麻台国の未来を考えてるんだよ」
「そうか、そうか」
 キョウは、手足をばたつかせ抗議するが、九峪はやる気なさげに手を振って答えるだけだった。
「なんか気になるな、その態度」
「気にするなよ」
「……ねぇ、九峪」
 それまで口を膨らませ不満そうに九峪の目の前に浮かんでいたキョウが、不意に真剣な様子で九峪を見据え口調を改めた。
「ん、なんだよ、急に真面目になって」
「どうして、自分の世界に帰らなかったの?」
「……なんだ、また唐突な奴だな」
「ず〜っと、気になってたんだ。だって、九峪は自分の世界に帰る為にあれだけ頑張ったんじゃないか。神の御遣いなんて名乗ってさ」
 正確には、まだ右も左もわかっていなかった九峪を詐欺同然に騙してそう仕向けさせたのはキョウ自身だった。しかも、その時キョウは耶麻台国が復興しても九峪が現実社会にうまく戻れるという確信など持ってはいなかったのにだ。
 今では、笑い話になっているがそれがわかった時には、九峪が天魔鏡を割りかねないほど怒ったものだ。 「……」  九峪は、キョウの言葉に押し黙ってしまう。
「日魅子が待ってるんじゃないの?それとも……」
「忘れてなんていやしないよ」
 九峪は、今まで床机に持たれかかっていた体をゆっくりと起こした。
「じゃあ、なんで?」
「……なんて言えばいいのかな。自分でもよくわからないんだ。ただあの時、突然目の前に光の柱が出来て、ああこれで自分の世界に戻れるんだと思ったらさ」
「うん」
 キョウ自身目の前で時の御柱が動きだした時は誰よりも驚いた。そして次の瞬間、九峪が鈴を投げ込むまで九峪が自分の世界に帰る事をまったく疑ってもいなかった。
「みんなの顔が浮かんできて、いままでやってきた事も浮かんできてさ。これで、いいのかなって」
「どうしてさ」
 それがキョウにはよくわからなかった。九峪はあくまで自分が元の世界に戻る為にだけ頑張ってきたはずだだった。この世界に残る理由なんて何一つ見つける事はできなかった。
「たとえば、俺はいままで色んな命令を出してきたよな。それで、まあ最終的には俺達が勝つ事が出来たわけだよ」
「うん、九峪には感謝してるし、感心してるよ。まさか、こ〜んな間違えてこっちに連れて来たすけべな顔した九峪が、耶麻台国を復興させるなんて」
 これは、キョウにとっては偽らざる本心だった。だが、九峪にとっては当然また違う。
「ほ〜」
 白眼になった九峪は、キョウを睨み付ける。
「い、いや、その、あの、続けて続けて」
 キョウはバツが悪そうに、顔を背けた。
「ちっ、まあいいか。だからさ、戦をしてきたっていうことは、俺の命令で沢山の人が死んだってことだろ」
「あっ」
 キョウが、その言葉に凍りついた様に動きを止める。
「なんていうかさ、その人達の事を考えたらさ。俺にはこの国に平和にする義務があるんじゃないかと思ってさ。その人達は俺にその事を期待して死んでいってくれたんじゃないかって思ったんだ」
 九峪が思い出す九州兵のほとんどが、気楽で気さくな顔をしたいかにも農民という人々ばかりだった。とても、自ら剣を握る人々ではなかった。その人々を戦場に走らせたのは自分に責任があるように思えてならないのだった。
「その一人一人には、家族がいて、恋人がいて、帰るべき故郷があったはずだろ。それを捨ててまで、働いてくれた人に俺は報いる事が出来たのかなって思うとさ」
 一人安逸な世界に戻る事への罪悪感。それは、戦の末期を迎える辺りから常に九峪を掴んで放さなかった。考えても仕方が無い事だといくら頭で思ってみても、それは九峪の頭を放してはくれなかった。
「……じゃあ、その責任感だけでここに残ったの」
 キョウは、九峪の言葉に顔を悲痛に歪めた。
 あの時はそれしか方法が無かったとはいえ、本来ただの高校生にすぎない九峪に全てを押しつけてしまったという罪悪感がキョウを締め付けるのだった。
「……いや、違うと思うよ。やっぱり、何と言っても結局俺はこの世界、いやこの国とここに住む人達がどうしようもなく好きなってしまったんだと思うな」
 そう言いながらも、九峪もまたキョウとは違う罪悪感を覚えずにはいられなかった。九峪が捨てた世界には、九峪を待っていてくれた人達がいたはずなのだ。
 日魅子、両親、友達、先生……。
 考えれば切りもなく懐かしい顔が次々と九峪の脳裏には浮かんでくる。
 悪い事をしたと思う。何も言えず、何も知らせる事も出来ず、九峪はあの世界から消えたのだから。
 さぞや心配をしてくれているだろうとも九峪は思う。連絡の一本でもつけばいいのにと思うが。そんなものが取れるわけもない。
 唯一、あの鈴だけでも現代に届いてくれる事を祈るしか九峪には出来なかった。そしてもし、あの鈴が現代に届いて日魅子の手に渡れば、自分の意思の少しは届くのではないかと、九峪は思っていた。
「……」
「そんな顔するなよ。結局、選んだのは俺なんだからさ」
 辛そうに顔を歪めるキョウの背中を、九峪はバシリと平手で叩く。そして、迷いを吹っ切った清々しい笑みを九峪は浮べた。
「……九峪ぃ」
「それに、きっと……」
 九峪が再び口を開くとしたその瞬間、九峪の部屋の扉が勢いよく開かれた。
「お〜い、九峪入るぞ〜。酒につきあえ〜、火魅子命令だ〜」
「ふ、藤那」
すでに、顔を真っ赤に染め上げた藤那が酒壷を片手に乗り込んで来た。
「じゃあ、私もお付き合いします」
「志野は飲んじゃ駄目」
「志野、珠洲」
 次に入ってきたのは志野だった。 ちなみに、珠洲が何とか止めようと志野の腰に引っ付いている。
「私達も飲む〜、行こ行こ。九峪様〜」
「こ、こら。上乃、失礼だろ」
「上乃、伊万里も」
 伊万里は、上乃に手を引っ張られ文字通り連れ込まれて来た。
「酒が駄目なら、ええ茶入ってます。どうでっか?」
「只深」  掻き分ける様に前に出た只深が、お茶を持ってすかさず差し出してくる。
「私も飲みます」
「そうです、ここは押しの一手ですよ星華様」
「……聞こえてますよ、姉様」
「GO〜GO〜」
「星華、亜衣、夷緒。それに羽江まで」
 星華は決然と自慢の胸を張って入ってきた。ちなみに、その後ろをいつものように宗像姉妹が三者三様の様子で付き従っている。
「酒か、いいね。香蘭も付き合うよ」
「……香蘭」
 状況がわかっているのかわからないが、香蘭も満面の笑みを浮べて入ってきた。
 次々と、部屋に入ってくる彼女達を見て、九峪は照れたように髪の毛を掻いた。
(……それに、後悔してる暇もないみたいだしな)
「よし、いっちょ飲み開かすか〜」
 九峪は、目の前に勢揃いした彼女達を見渡すと、藤那が差し出した酒壷を高々と掲げてみせた。
「「やった〜」」
 その場にいる全員の声が綺麗にそろう。  その夜、耶牟原城から笑い声と明かりが消える事はなかった。

                                                    〜了〜

 改訂版 後書き座談会

「ど〜も、こちらでははじめましての高野です」
「……あのね、管理人のあんたが始めましてって」
「いいじゃないですか、こういう形では始めてなんですから。それよりいいんですか、自己紹介しなくて?」
「それもそうね。じゃあ、あらためて……。は〜い、良い子の火魅子伝のファンの皆元気していたかな? 火魅子伝の真のヒロイン日魅子で〜す。私の出番一つないからって暴動起こして、警察のお世話になっちゃだめだぞぅ」
「はいはい。え〜、とりあえずこれを書いた当時の話でも少し思い出してみましょうか」
「むっ。あんたの思い出話なんて書いても誰も読まないわよ」
「そう言われましても、これ後書きですし」
「いいのよ、ここは一つ私の健気で儚げな乙女心満載のSSを一つ」
「え〜、このSSは私が始めて書いた二次創作のSSということになります」
「むむむっ、ふっ、まあ、いいわ。そうね、それまでは毒にも薬にもならない純文風の小説を書いてたものね」
「まあ、そうですね。ですから、元ネタはあったんですけどどう書いたらいいかわからなくて苦労しましたね」
「元ネタ的には、本当は弐話が主体だったんでしょ」
「そうですね。で、書き始めたらどうにもこうにも書き出しだったつもりだった壱話が大きくなり過ぎて、じゃあもうこれでいいかなぁと」
「行き当たりばったりで出したわけね」
「……そうです」
「ふ〜ん、それで」
「……なんでそんなに投げやりなんですか?」
「どうせ、私出てないし、ちゃちゃっとやっちゃいましょう」
「……はい。え〜とですね、一応この時の感想としては火魅子候補を全員出せたのが嬉しかったと書いてますね」
「結局、清端と天目が出なかったのはどうしてなのよ」
「これは、元ネタが割れた弊害って奴ですね。ですから、弐話ではこの二人は比較的出番が多いんです」
「天目はいまいち目立ってないけど」
「書きにくいんですよ、彼女は」
「どうして?」
「一応、このSSは小説準拠なんでこれからどうなるか掴みきれないキャラは書けないんです。他に伊部、帖佐はまず無理。清端も難しいですね」
「まあ、この小説そのものがかなり厳しいからねぇ」
「そうですねぇ。後は、高瀬さんのは感謝してます」
「高瀬氏が名前の漢字違いを指摘してくれたのよね」
「そうです、それにやはり初投稿でしっかりとした返答がきたのも嬉しかったですね」
「まったくね〜、こんなへたれなSSによくもまぁ。感想なんて書いてくれたもんよね〜」
「まったくです。で、雁山さんにも二度手間をおかけしたりとまったく人に迷惑をかけまくってこのSSができたわけです。皆さん、本当にありがとうございました」
「それ、しめ?」
「そうですね、そうなります」
「じゃあ、もういいわよね」
「はっ? 何がですか? ……その赤バットはなんですか?」
「何って決まってるじゃない、やっぱり締めはこれでしょう(ニコ)」
「い、いや〜、それは必要ないのでは……」
「うふふふふ、逃げたって無駄よ、一応これでなければオチないんだから」
「いや〜〜〜〜〜〜」

 ドキ、バキ、ドカ、ゴキ………
                                                  〜了〜