Fate/stay night


 読む前に

 このSS内で、弓道を取り扱っておりますが、あくまでSS内で事であり、筆者の知識も足りないためその描写や記述に間違いが点在しております。
 どうか、その辺りをご確認の上お読みください。

 また、このSSがFDが発売される前に書かれておりますので、設定等符合しない面が多々ありますが。気にしないでください。



 Fate/stay night Brilliant Years After


 放課後を迎えた穂群原学園校舎の裏手。
 その主な部分は教職員用の駐車場に占められている。その為、部活で利用される時以外はめったに生徒が立ち入る事もない普段なら人気のない場所に、何故か今日に限って夕日に照らされて二つの人影が伸びていた。
 その人影はどちらも男子生徒のもので、残念ながら少女漫画など見られるような定番のシュチュエーションというわけではないようだった。
 むしろ、わざわざ人気のいない所を選んで話し合っていたらしい二人を雰囲気は、時が進むにつれて険悪なものへと姿を変え始めているようだった。

「どうして駄目なんだ、衛宮」
「駄目だ、それは受けられない。工藤」

 怒声を放ち、怒りに顔を歪めて詰め寄ってくる工藤を、衛宮士郎ははっきりと拒絶した。
 今日この場に士郎を連れ出した、隣のクラスの工藤一樹は益体もない雑談を二つほど交わしてから、唐突に頭を下げて、士郎に一つの要求を突きつけてきた。それは、彼が主将を務める男子バスケ部の助っ人として、今度行われる春季区大会の試合で出てくれないかというものだった。
 正直、工藤は初めからあの衛宮士郎なら簡単に受けてくれるものだとばかり楽観視していた部分があったのだろう。真剣に頼みながらも、その実どこか工藤の口調には端々に余裕が認められた。目の前にいる衛宮士郎と言えば、「穂群原学園の道具箱」「NOと言えない人衛宮」などなど異名を持った常軌を逸したお人よしとして学園内で知らない者などいない存在だったからだ。
 だからこそ、その要求を思いもかけずきっぱりと断られた事に、苛立ちと失望を工藤は抑える事ができなかった。

「別に入部しなくてもかまわない。今度の大会に出てくれさえすれば」
「それはズルだろう」

 何とか食い下がろうとする工藤を、士郎は容赦なく突き放した。
 ここにいたって、ようやっと工藤もあの衛宮士郎がこちらの要求を受ける気がまるで無いことがわかってきたが、それでもなお彼は引き下がる事ができなかった。彼は彼なりに、自分の中の誇りを投げ打ってまでこんなこと頼んでいるのだ。
 次の大会は、三年生にとっては勝ち上がらない限り最後の大会となってしまうのだ。残念ながら、三年間かけて大した成績が収められなかった身として、多少変則的な手を使っても勝ち上がりたいと思うのは人情というものだろう。

「そんな事はない。人数が足りない部が大会の為に助っ人を頼むのなんて別に珍しい話じゃないだろう」
「男子バスケ部が、人数が足りないと聞いた事はないぞ」
「うっ」

 士郎の指摘に、工藤が言葉を詰まらせた。

「勝つ事が全てという訳ではないだろう、工藤?」

 士郎のどこか哀れみすら感じさせる言葉に、工藤は屈辱に顔を歪めた。だが、さすがにそれ以上は何も言えずその場を後にした。
 二年次の終わり辺りから士郎の背は、まるでそう予定されていたかのように伸び始めた。今では、もうすぐ180センチに届こうかというくらいにまで達していた。それは、自分の身長の低さに多少なりともコンプレックスを抱いていた士郎にとっては単純に喜ばしい事だったのだが。変わりに、こういった運動部系への助っ人要請の呼び出しが徐々に入り始めたのだ。
 どうやら、特定の部に入らず。その割には背も高く、細身にも関わらず鍛えられた体をもつ士郎は、目の前の大会を前にして、躍起になっている運動部の部長達にはよほどの高物件に映るようだった。
 だから、男子バスケ部の工藤に校舎裏に呼び出された時から覚悟はしていたのだが、やはり人の頼み事を断るのは士郎には疲れる作業に他ならなかった。
 その工藤の後ろ姿を見送り、その場を後にしかけていた士郎を女性の声が呼び止めた。

「色々と大変そうだな、衛宮」
「美綴か」

 士郎が振り返ると、そこにはクラスメイトの美綴綾子が立っていた。
 今までのやり取りを全て立ち聞きしていたらしいが、士郎はあえて何も言わなかった。目の前の美綴が他人の恥を世間に吹聴してまわるような悪趣味を持った人間ではない事は百も承知していた。

「何で断ったんだ、学園のミスターイエスマンの衛宮が」

 こちらをからかうような問いかけに、士郎は顔を顰めて返答を返した。
 今と同じような事は、友人の柳洞一成にも遠坂凛にも返す返す言われてきた事だったが、士郎本人から見るとその問いかけは何だか遠回しに馬鹿にされているようで愉快なものではなかった。

「別に、何でもかんでも受けている訳じゃないぞ。ちゃんとできる事とできない事は分けているつもりだ」

 だから、いつも通りの返答を返すのだが。一成にしろ、遠坂にしろ、そして目の前の美綴にしても何故か納得するのではなく、駄々をこねる子供を見るような目で士郎を見るだけだった。

「それなら、今回の事だってできないわけじゃないだろ」

 美綴の思いがけない反論に、士郎は言葉を詰まらせた。
 もちろん、美綴の言葉が的外れなものだったからではなく、的を射抜いていたものだったからだった。だが、それは同時にいちいち口に出して肯定するような類なものとも思えなかった。

「わかってるよ、どうせ衛宮の事だから。他の部員の事考えたんだろ」

 言いよどむ士郎の代わりに、美綴があえて口に出しずらい事をずばりと言って退けた。
 士郎などはこういう(面と向かって言ったら怒るだろうが)美綴の男らしい部分は好ましく思うのだが、今の美綴の言葉をそのまま肯定してしまう事はできなかった。

「むっ、それだけじゃないぞ。素人が出て足を引っ張っちゃ悪いだろう」
「この間の授業で、あのバスケ部のエース工藤君を抜いてシュートを決めた男の言う事じゃないな」
「……そうだったのか?」
「衛宮らしいな。あの時起きたどよめきを覚えてないのか」

 今日の授業でバスケットをした事は思い出せても、その辺りの事はどうにも士郎には覚えてはいなかった。だが、もしそうだったら工藤には悪い事をしたな一応謝っておくべきか、と士郎の思考がそれかけたのを美綴が強引に引き戻した。

「まあ、いいさ。それより、私も衛宮に話があるんだ」
「んっ、どうした。また、藤ねえが暴れてるのか?」
「いや、違うよ」
「備品でも何か壊れたのか?」
「いや」
「じゃあ、なんだ?」

 最大の懸案事項のその二つが消えてしまうと、美綴が主将を務める弓道部の話だとは検討がついても士郎には他には何一つとして思い当てる話がなかった。だが、美綴が次に続けた言葉は予想に反して去年まで幾度となく聞かされてきた話だった。

「衛宮、弓道部に戻ってきてくれないか?」
「……美綴。その話は何度も断っているだろう」

 そのもう何度目になるかわからない問答に、衛宮は顔を顰めた。
 士郎は二年の途中まで弓道部に在籍していたが、怪我をした事もあって引退にはまだかなり早く退部していた。だが、士郎の射の腕を惜しむ美綴は、幾度と無く士郎に弓道部への復帰を促していた。
 もっとも、それも二年時までで、さすがに三年にあがってからはその話をする事もなくなっていた。正直、美綴ほど自分の弓に高い評価を下していたわけでなく、弓道そのものに未練もない士郎にとってそれはありがたい話ながら、頭が痛い話でもあった。

「そこを曲げて頼む」
「答えは変わらない。俺はもう弓は捨てた身だ。それに俺はもう三年だぞ。時間もない」
「……やっぱりそうか」

 繰り返される言葉に、美綴が無念そうに頭を振るった。

「すまないが」
「では、条件を変える。弓道部には戻らなくてもいい、だから、来月の区の大会に出て欲しい」

 今までの鎮痛な表情を一変させて美綴が、笑みすら浮かべてそう提案した。
 士郎が知る限り、美綴は小手先の手段を用いる人間ではなかった。武芸百般とまではいかなくても、柔道や剣道を収めたさっぱりとしてまっすぐな性格は、女性相手には不適切だがかっこいい奴というのが士郎の抱いていた美綴像だった。それだけにそれにそぐわない美綴の言動に士郎の困惑を強めた。

「美綴、何だそれは?」
「おかしい話じゃないだろう。さっきの工藤じゃないが、足りない部員をどこかから借りるのは珍しい話じゃない」

 だが、そんな士郎の困惑をよそに美綴はさきほどの工藤と変わらない理由を気楽そうに繰り返した。

「……だったら、俺の返答も同じだ」
「いや、同じじゃない」

 あきれたように答えた士郎に、美綴はきっぱりと頭を振って否定してみせた。

「はっ? 何でだ」
「なぜなら、うちには換えの部員がいないからな」
「いや、いるだろう」

 思いがけない美綴の言葉に、士郎は驚いてそう答えた。
 穂群原学園の弓道部は市内でも有数に数えられるほど活発だ。そもそも、校内にあれだけ立派な弓道場を構えている高校なんて私立でもそうそうないくらいなのだ。

「いないんだよ、男子はね」

 美綴の言葉に、思い当たる事があった士郎は言葉を飲む。

「そりゃあ、衛宮がいた時は腐るほどいた。けど、あの後あの馬鹿が副部長になったのよ。しかも、去年校内全体で貧血騒動なんてものが起きたもんだから運動部系の部員が激減したんだよ」
「……そうなのか」

 あの馬鹿、と美綴が吐き捨てるように言った男の事は士郎も良く知っていた。
 間桐慎二、少なくても士郎は友人だと思っていた男だった。射の腕もそこそこ、少なくても衛宮が抜けた弓道部では頭一つ抜けた存在だった事は間違いなかった。だが、残念ながら性格という面においては難があるのもまた事実だった。
 士郎が辞め、慎二が副部長になってから退部者が増えている事は知っていたが、そこまで自体が深刻だとは士郎にとっては寝耳に水だった。

「そりゃあもう、特にうちは酷いもんよ。特に当時の二年は全滅だよ。来年の受験の方が大事だとかぬかしやがって。しかも、あの馬鹿はその後入院はするわで、もう話にもならない」

 当時の事を思い出したのだろう忌々しげに美綴は続けた。自分の話に夢中しているせいか美綴は気がつかなかったが、士郎の額からは嫌な汗が落ちていた。
 貧血騒動に、間桐慎二の入院。さらに、美綴自身もその貧血騒動直前に暴漢に襲われてもいる。
 一見なんの関連性もないように思えるそれらの出来事は、その実全て、あの冬に起きた聖杯戦争の余波とでも言っていいものだった。間桐慎二のそれは自業自得の果てだし、他の二つも責任は士郎を含むごく少数の人しか知らない事だが慎二にあるといっていい事だった。
  だが、それでも士郎が罪悪感がまったく感じないわけでもなかった。何と言っても、彼はその聖杯戦争の当事者の一人なのだから。

「そりゃあね、新入生も加えれば何とか人数は足りるわよ。でも、まだ基本のキの字すら叩き込んでない奴ら出せるわけないがないでしょ。手前味噌な話だけど、多少でもまともに引けるのはうちの弟ぐらいかね」

 中学や小学校の体育の授業で弓道を取り入れる学校はそう多くは無いだろう。習い事で弓道をやるという人間も、まったくいないというわけで珍しい存在である事は否めない事実だろう。
 つまり、他の運動部とは違い。入部即戦力という人間はまずいない、というのが弓道部限らずマイナーな運動部全体の現実だった。
 また、その同じ特殊性から他部に助っ人を頼む、というのも弓道部では難しい話だった。

「さらに言えば、あんな馬鹿でもあれはうちの男子の中ではエースだったわけさ。それが、試合にはでれない」

 付け足すように美綴はそう言うと、お手上げと言わんばかりに肩をすくめてみせた。

「だけど、今残ってるのはそれでも弓道を続けたいっていう奴らばかりなわけさ。そんな奴らが最後の大会に出れないってのは酷い話だとは思わないか、衛宮?」
「むっ」

 すでに勝敗がついたといわんばかりの余裕いっぱいの表情で、美綴は士郎に迫ってきた。
 正直な所、今それなりに時間の制約がある士郎は彼なりに色々と反論を考えてみるが、どうにもよい考えは浮かばなかった。
 こんな時、あのあかいあくまがいれてくれればどうやってでも論破してくるに違いないのにな、とかそんな愚にもつかない考えが士郎の頭を過ぎるが、今いないものに頼ってみても仕方がない話だった。

「それとも衛宮君は、そんな元いた部活の窮状なんて知ったことじゃないとでも言うのかな?」
「……わかった。引き受ける、いや、引き受けさせてくれ」

 普段なら絶対につけないわざとらしい美綴の君付けに士郎は顔を顰めながら、重々しく頷いた。
 個人的な感情ならともかく、そういった方面で攻められた士郎は絶対に断れない。士郎の思考回路を見事に読みきった美綴の見事な勝利だった。

「いや〜、そうか。さすがは衛宮。話したらわかってくれると思ったよ」
「だけど、あくまで大会にでるだけだからな」
「わかってる、わかってる。要は大会に出れればいいだ、そうだ。どうだ、これから引いていかないか? 腕が鈍ってないか、見てやるから」

 男前な笑い声が上げる美綴に、せめてもの反撃を士郎は試みてるが残念ながらきいた様子は欠片もなかった。

「い、いや、今日はこれからバイトがある。それに、説明しなければならない奴がいるからな」
「? 藤村先生も間桐もきっと話を聞いただけで喜ぶぞ」

 士郎の言葉に、美綴は眉を顰めた。
 士郎が気にする人間は、弓道部の顧問を務める衛宮士郎の義姉藤村大河教諭と、部の後輩である間桐桜しか美綴には思いつかなかった。そして、この二人なら士郎が部に戻ってくるのを、諸手を上げて賛成はしても反対するなど考えられなかった。

「いや、もっとやっかいなのがいてな」

 もちろん、士郎の脳裏に映るのは彼の親愛なるあかいあくまの笑みにほかならなかった。笑みを浮かべているはずなのに、何故か彼女のこめかみに青筋が浮かび上がっていた。

「よくわかないが、じゃあ明日放課後にでも弓道場に顔を出せよ」
「ああ」

 上機嫌で気楽に手を振る美綴に、士郎は憂鬱な溜息を吐くことしかできなかった


・・・・・・・・・・・

「別にいいんじゃない」

 あかいあくま、こと遠坂凛の返答は士郎の予想とは違いあっさりとしたものだった。
 その日の夜、衛宮家の離れで遠坂と士郎が向き合っていた。
 夜、密室で年頃の男女が二人っきり。しかも、相思相愛の恋人となれば艶っぽい展開の一つも期待したシチュエーションだろうが、残念ながらそれもその部屋に広げられた怪しげな器具やら、宝石やらで台無しもいい所だった。
 聖杯戦争が終わったあと、士郎は正式に遠坂の魔術の弟子になって、魔術の訓練を続けていた。
 しかも、まだ事実上の保護者である藤村大河にも後輩の間桐桜にも言ってこそいないが、卒業した後は二人で倫敦にある魔術の最高学府時計塔に入学する事も決めていた。
 もちろん、最高学府たる時計塔に入るにはそれなりの魔術の技術と知識が必要になる。生粋の魔術師にして枕言葉に天才とまでつくような遠坂は無論何の問題もない、と言うより聖杯戦争の勝利者として推薦枠すらとっているので試験を受ける必要すらない。
 だが、士郎はとなるとその実力は、入学試験を受ける事すらままならない、というのが現状だった。
 衛宮士郎が使える魔術は、たった一つ剣製の固有結界だけだ。それ、そのものはすごいのだ。桁違いと言ってもいい。何といっても最大級の禁呪、遠坂どころか他のどの魔術士にもつかえない衛宮士郎だけの魔術。
 そして、だからこそ士郎の師匠たる遠坂は頭を痛めているのだが。
 禁呪たる固有結界は、そうそう他の魔術士に見せていいものではないからだ、おおっぴらにした瞬間士郎がいる場所は時計塔からホルマリン漬けの瓶の中に早代わりする事受け合いだ。
 つまり、遠坂につきつけられた試練というのは、唯一使える魔術を封印した素人同然の知識しか持たない士郎を何とか時計塔の試験に引っかかる程度まで底上げしてやらなければならない、というものなのだ。しかも、期限はたった一年。  一言、無理難題と言うより、さらに少し難易度は高いかもしれない。
 実際の所、士郎には余裕の時間などないのだ。だからこそ、士郎は遠坂がそんな約束をした事を怒るだろうと踏んでいたのだった。

「本当か」
「綾子の言いなりっていうのが気に食わないけど。確かに、私たちにも責任の一端はある訳だし。こんなの心の贅肉には違いないけどね」

 やれやれと、遠坂は諦めたように肩をすくめてみせた。
 口にこそ出さないが、そんな態度から「どうせ何言ったって聞かないでしょ、あんたは」と言われている様で、士郎は自分の魔術士としての未熟さから問題をかけている遠坂に、さらに負担をかけてしまったようで身が縮こまる思いがした。

「そうかありがとう、遠坂。いつも無理を言ってすまんな」
「もう、いいわよ。確かに部員が減ったのもあながち私たちのせいと言えないことはないし」

 率直な士郎の言葉に、遠坂は顔を赤らめごにょごにょと言葉を濁した。

「でも、安心した。明日、美綴と決闘でもされたらどうしようかと思ったぞ」

 安堵の溜息をつく士郎を、遠坂が半眼が睨みつけた。

「……士郎。あなた、私をなんだと思ってるのかしら?」
「えっ、いや、その」

 何とか言い訳をしようとするのだが、日頃愛想のない口がそう都合よく働いてくれる訳も無く、あっというまに士郎は備え付けのベットまで追い詰められた。

「じっ〜くりと、お話をする必要があるみたいね」

 そう言って、逃げ場の無い獲物を目の前にしてあかいあくまは極上の笑みを浮かべたのだった。

・・・・・・・・

 その次の日の放課後、約束通り弓道場に顔を出した士郎の目に入ったのは何故か弓道場の隅で行儀よく正座をしている遠坂凛の姿だった。

「何でここに遠坂、さんがいるんだ?」
「あら、私がいてはいけないのかしら、衛宮君?」

 咄嗟に「さん」をつけて呼ぶ事が出来たのは士郎にしては上出来といえるだろう。そんな士郎を褒めるように、よく躾けれた優等生の猫を被って遠坂が答えた。
 終業式にちょっとしたフライングこそあったものの、まだ遠坂と士郎は校内では一定の距離をとっていた。もっとも、三年にあがって同じクラスになってからは徐々に、その距離を周りを見ながら縮めていたが、もちろんまだ端から見るとお互いを呼び捨てで呼び合うほど親密な間柄ではなかった。

「いや、そういう訳じゃないが」
「ああ、衛宮。こいつの事は気にしなくてもいい。何の気まぐれか知らないけど、突然見学に来ただけだからな」

 目に見えてうろたえる士郎に、そんな士郎の姿が滑稽なのだろう美綴が笑いながら遠坂に変わって士郎の疑問に答えてくれた。

「そういう事よ、衛宮君。私の事は気になさらなくて結構ですから」
「そ、そうか」

 満面の、でもどこか意地の悪い笑みで遠坂は士郎にそう言葉をかけた。
 その笑みだけで、士郎は圧迫感を持ってしまう辺り遠坂の日頃の調教が行き届いているといった所だろうか。

「さて、じゃあ衛宮。練習に入る前に一度本気で引いてみないか?」
「本気でか?」
「ああ、昨日腕が鈍ってないか、確かめてやるって言っただろ」

 美綴は、何故かこころなし嬉しそうに見えた。

「そういえば、そんな事言ってたな」
「そうとなれば、やはり本気で引いてみないとわからないからな」
「……わかったよ。でも、試合じゃないんだし立射でかまわないだろ?」

 美綴の言葉には、いつも以上に力が篭っているように思えた。何だかんだと、ここで美綴の提案を断るのは無理そうな予感に士郎は頷いた。
 それに士郎としても、今後の事を考えて、特に目の前の美綴には最初に今の自分の射を見せておくべきだとも考えていた。

「なんでだ?」
「忘れるなよ、美綴。俺が射を引くのはもう一年以上ぶりなんだぞ。いきなり、人に見せるような射が引けるか。本気っていっても、あくまで今俺が引ける中でベストを尽くすというのがせいぜいだ」
「……まあ、衛宮がそう言うなら仕方ないか」

 やれやれ、とでも言わんばかりに美綴は頭を振って士郎の提案を受入れてくれた。 彼女なりに、士郎のブランクが一年以上あるという事を考慮しての事だった。

「よ〜し、ちょっと皆はそこまで。衛宮が行射をやるから休憩してろ」

 射を引いていた幾人かの生徒が、その言葉に応じて射場から一礼しておりていく。
 それを見送って、士郎は一つ大きく息を吐いた。そして、目の前にある射場を改めて見た。板張りの床は冷たく、主将である美綴の薫陶がいいのだろう綺麗に磨かれていた。的が本当に遥か遠くにあるように見えた。久しぶりの射場は、昔と変わらず他の場所では決して感じられない崇高さと緊張感を持った異世界だった。
 士郎が射を放つのも弓を手に取るのも、もう一年以上のない事だった。本来なら、弓道の基本である射法八節をしっかりと、一つ一つ確認するように矢を放つべきである事は士郎によくわかっていた。
 だが、衛宮士郎はすでに弓を捨てた身だった。それはもう引き返さないと己の内に決めた事。なら、今弓を引くのは弓道家としての衛宮士郎ではなく、ただの衛宮士郎であるべきだった。
 だから、士郎は弓道の基本である射法八節の本質を捨てた。
 それは、もう形骸。その空白を埋めるために、士郎は囁くように呟いた。

「――投影、開始」

 頭に思い描くのは、的に中った矢のイメージ。それで充分だった。
 形だけの「足踏み」を完了して射場の中央の射位に立ち、形だけの「胴造り」で体勢を整える。形だけの「弓構え」で弓を整え、形だけの「打起し」で弓を持った両拳を持ち上げる。
 イメージに寸分の乱れも無く。魔力を通しているわけでもないのに、空間が彼の理想を具現化するために歪むのがわかる。だから、士郎は何かを念じる必要も無い、考える必要もない。ただ、頭に抱いたイメージに体を合わせるそれだけでいい。
 形だけの「引分け」により弓を持った左手が徐々に体から離れていく、きりきりと弓はしなりの糸が引き絞られていった。 張り詰められた弓がこれ以上番えない、という所で士郎の動きがピタリと、さながら一体の彫像のように動きを止めた。
 刹那、形だけの「会」が成る。そして、形だけの「離れ」。
 士郎の手から矢が離れる。離れた矢は、定規で引いたような軌跡を見ているもの全ての脳膜の焼き付けて的の中心に中っていた。
 形だけの「残身」を果たす、そこに元から心はなく「残心」は成るはずもない。ただ、目の前に結果はなっていた。それで、今の士郎には充分だった。
 ふぅ、と一息ついて士郎が射場から離れた。

「……美綴?」

 そして、矢が刺さった的を呆然と信じられないものを見たかのように未だに眺めていた美綴に声をかけた。
 士郎の問い掛けに美綴はようやっと茫然自失といった状態から脱すると、一つ息を整えるために大きく息を吐いた。そして、じっと士郎の顔を確かめるように見て、失望したように目を逸らした。

「……まったく。とても久しぶりに弓を引いたとは思えないすごい射だったよ、衛宮。だが、やはり弓道に戻るつもりは無いわけか」

 前半の言葉とは裏腹に、美綴の言葉は刺々しくどこか士郎を責めているようにすら感じられた。

「美綴、それは最初から言っていた事だろう」

 だが、士郎は動じない。きっと美綴はそう言うだろ思っていたからだった。
 今の衛宮士郎の射がどういったものなのか、美綴ならきっと見取ってくれるだろうと信じていた。そして、それは彼が百万弁言葉を費やすより、きっと確かな答えになると知っていたからだった。

「そうだったな、まあ大会は頼むよ」
「ああ、引き受けた以上しっかりとやるさ」
「まあ、その辺は心配してないけどね」

 士郎は気がつかなかったが、そんなもう事務的ともいえる二人のやり取りを不満そうに見ている人物がいた事を。

・・・・・・・

「あの〜、遠坂?」
「何よ」

 ギロリ、とでも擬音語をつけたくなるような目でこちらを見る遠坂の姿に、士郎は決めたはずの決心が挫けそうになった。
 今日も、士郎と遠坂は衛宮邸の離れで魔術の訓練と講義を繰り広げていた。
 昨日は途中から講義にも特訓にもならなかったので、今日こそは昨日の遅れを取り戻すために真面目にやらなければ、と士郎は気合を入れていたのだが。残念ながら、あまりはかばかしい成果を上げる事はできずにいた。

「俺、何かしたか?」

 情けないとわかっていながら、士郎は自分の声がどこか猫なで声になってしまうのを自覚していた。
 だが、さすがに目の前で遠坂に不機嫌そうに、時々睨み付けられたりすると落ち着かなくて困るし、訓練と講義も進まない。士郎は意を決してそう問いかけた。

「どうして、そういう質問になるのかわからないのだけど?」
「だって、遠坂。機嫌悪いだろう」

 自分のそんな様子に自覚がなかったのか本気で驚く遠坂に、士郎は呆れてそう言った。

「あのな、そんな不機嫌オーラを発散されてれば誰でもわかるぞ。今日の夕食時なんか、藤ねえも桜も引いてたし」
「……私、そんなに酷かったのかしら」
「ああ」

 遠坂は、右手で顔を隠してうめいた。
 弓道場を出てから、ぶっすと押し黙り、話し掛けても生返事とくればいくら鈍い士郎とはいえ弓道場での自分に何か遠坂の癇に障るような事があったのだろう、くらいは推測がついた。

「遠坂は、何の理由も無く不機嫌になる奴じゃないだろ。だから、もしかしら俺は何かしていたんなら話してくれないか。何とか直すように善処するから」
「……違うわよ、士郎が悪いんじゃない」
「じゃあ、何だよ」

 真剣な士郎の様子に、渋々といった感じで遠坂が重い口を開いた。

「今日、弓道場での綾子の態度よ。なんだか、やたらと不満そうなのがむかつくのよ」
「……そんな事で不機嫌だったのか」

 思いがけない遠坂の言葉に、士郎の頭には疑問符しか浮かばなかった。
 確かに士郎の射を見た美綴の態度は、満足したとも納得とも正反対の不満げなものだった。だが、それは士郎にとっては予想していたものだったし、当然士郎には何の不満もなかった。寧ろ、もしあの時美綴がああいう態度をとらなかったら士郎の方にこそ不満が残っただろう。
 だが、 当の士郎に、そんな事よばわりされたのがさらに癪に障ったのだろう。遠坂は怒って顔を背けてしまった。

「ふん、私はね。ちゃんとやった奴が正当な評価を受けないのが嫌いなの」
「……駄目だ、俺嬉しいかも」

 そんな遠坂とは裏腹に士郎は、自分の顔がにやけてくるのを押さえつける事ができなかった。
 思い出すまでもない、士郎が良く知る遠坂凛という人間は意地っ張りで、意地悪で、そしてとてもいい奴なのだ。

「はっ? 何言ってるの、士郎」
「だって、つまり遠坂は俺の事で怒ってくれたんだろう」

 その遠坂が、自分の事で本気で怒ってくれている。ただ、それだけの事が士郎にはたまらなく嬉しかった。

「ば、馬鹿。それは、そうなのかもしれないけど、そのそういう事じゃあなくて……。ああ、もう、士郎は私の弟子なんだから、師匠が弟子の評価を気にするのは当たり前でしょ」

 せっかく士郎を方に向き直ったのに、またそっぽを向き頬を膨らませて遠坂は拗ねた。もっとも膨らんだ頬は、見事に真っ赤に染まっていた。

「でも、今回に関しては美綴が正しいんだ、遠坂。こんな事で美綴と喧嘩なんかしないでくれよ」
「どうしてよ。あんたの弓は的のど真ん中を射抜いたじゃない。それに、素人の私が見ても、あんたの弓がすごいのはわかる」

 士郎の言葉に、遠坂が顔を真っ赤にさせたまま怒鳴りつけた。

「遠坂、射っていうのは中ればいいって言うもんじゃないんだ」
「なによそれ」
「10回引いて10回中っても悪い射もあるし、10回引いて10回外れても良い射ってのはあるんだ。
 昔、藤ねえにも言われた事がある。士郎の射は中てる気が強すぎるって。
 俺も拙くて上手くはいえないけど。きっと弓道の本質っていうのは、引く事自体にあるんだ。勿論、中てるという事も大事な事だけどそれだけが全てという訳じゃない。
 己に勝ち、正しく引く事。
 それこそが、一番大事な事なんだよ」

 それは、弓道の本質。本物の弓道家が目指す本物の理想。
 だが、士郎は違う。
 士郎の本質は、フェイカー。借り物の理想を抱く偽者。だが、それこそ士郎が目指す者。仮にこの身が偽者で出来ていても。抱いた理想が本物ならば、きっとその理想に辿り着けると士郎は信じているから。
 あの赤い外套の男と同じように、きっとあの剣の丘に辿り着いてみせると士郎は誓ったのだ。
 だから、もう弓道の理想を抱く事は士郎にはできなかった。

「じゃあ、大会なんて意味ないじゃない」

 遠坂は、魔術士の心得の一つとして、いくばかりかの護身術を類をあの言峰から学んでいたが、それに付随するべきそういった哲学的な考え方は一切学ばなかった。訓練の終わりとはじめの礼すら、あの言峰はしなかったように遠坂は思う。
 それは魔術士的な言い方をするなら「心の贅肉」の部分だからだ。だから、遠坂はそういった考え方にはある程度の敬意こそ示しながら、自ら遠ざけていた。

「まあ、そうなんだけどさ。でも、美綴はそれを大事にしてる。だから、俺が中てる事にのみ専念した射が気に食わなかったんだよ、きっと」
「馬鹿げてるわよ、そんなの」

 遠坂は理解できないとばかりに呟く。
 遠坂凛は、魔術師だ。それも生粋の。
 だから、そんなものは認められない。魔術士に求められるのは結果だし、成果だ。それを求めるための過程における正しさなんて、それこそどうでもいい。
 その「道」のこの「道」は絶対に相容れない隔絶したものだった。

「だからさ。だからこそ俺は弓道を止めたんだ」
「えっ」

 遠坂の暴言とも言える言葉に、士郎ははっきりと頷く。かえって、そんな士郎の様子に遠坂が驚いた事を上げた。

「もちろん、あの時そんな事がわかった訳じゃない。ただ、何となくわかったから、このまま続けてもきっと俺が目指すものにはなれないって」

 あの時、感じていたのは焦燥感ではなかったのではないかと、今になって士郎は思い出す。弓道を止めたのも、怪我の事弓道部ないでのゴタゴタ。忙しくなったアルバイト。理由は色々とあったけれど、決定的な事ではなくて。ただただ、士郎は道を見失い欠けていただけなのだ。
  その胸に抱いた理想はあまりにも高くて、どうやって辿り着けばいいかわからなくて、ただ闇雲に毎日毎日土蔵に篭るしかなかった日々。
 あの日々を経て、セイバーに会い、遠坂凛に会い、あの赤い外套の男に会い。
 ようやっと、士郎は自分の進む道に確信と道筋を見つける事ができた。

「士郎」
「だけど、俺はたぶん一人ではそこにはきっと辿り着けない。情けないけど、遠坂に助けてもらうしかないんだ。改めてお願いできるか、遠坂?」

 目の前で驚いている遠坂を士郎は見る。士郎が知る、彼女はいつでも正しくて、まっすぐで、誇り高く歩んでいる。だからこそ、きっと、彼女がいてくれれば自分は道を間違えずに進む事ができるはずだと、士郎はそう信じる事ができる。

「あっ、当たり前じゃない。士郎は、わたしの弟子なんだから」
「そうだったな」

 顔を真っ赤に染めて強がる遠坂の姿が、ただ可愛くて綺麗で士郎はそんな事をしたら遠坂がさらに拗ねてしまう事がわかっていても士郎は笑ってしまう。
 どうせこの先は長いのだ。これから、衛宮士郎は遠坂凛と共に高く峻厳たる理想へと歩むと決めたのだから。


・・・・・・・・

 昼休みのチャイムが鳴って、教室から次々と騒がしく学生が出て行く。
 学食で昼食を取る者、仲間とつるんでどこか他の場所にむかう者、人それぞれといった所だろう。そんな中、珍しく遠坂は教室の自分の机に弁当箱を広げていた。
 昨日、ずるずると士郎の家に泊まったため、士郎製のお弁当をせしめる事に成功したためだった。
 その士郎は、すでに一成に教室から連れ出されている。きっと何時も通り生徒会室で男二人寂しく弁当を広げているに違いなかった。
 いつもだったら、そんな二人に多少頭にくるのだが、今の遠坂はあまり気にもならない。

「今日はずいぶんとご機嫌じゃないか、遠坂」
「そんな事ないわよ、美綴さん」

 美綴が弁当を持って、遠坂の隣の席に断りも無く腰を下ろして、出し抜けにそう言った。勿論、遠坂はそれくらいでは動じず、いつもの優等生スマイルで迎撃した。だが、そんなものは勿論、嘘だ。
 遠坂は昨日から、正確に言えば昨日の夜からずっとご機嫌だった。うきうきとどこまでも弾んでいきそうな口調と表情を抑えていつもの優等生面でいるのにどれでけの苦労を強いられているかわかったものではない。けど、その苦労は仕方ないのだ、それが遠坂凛の誇りの問題なのだから。

「そういえば、昨日はどうしたんだ。いきなり見学なんて最近じゃあ珍しい事だろうに」
「ただの気まぐれよ、気まぐれ」

 美綴のもっともな追求に、遠坂は言葉を濁した。
 この彼女の友人は、腕が立つだけでなく思いがけず勘も鋭いのだ。余計な事を言うのは憚れた。正直、見学に行くのも最初は躊躇ったのだ。突然今まで断っていた見学に自ら出向き、しかもその日がたまたま士郎が矢を引く日となればこの友人が不信に思わないわけがないことぐらいわかっていたのだ。結局の所、遠坂は自分の旺盛な好奇心に負けた訳だが。

「ふ〜ん」
「何よ、綾子。にやにやと笑って気色の悪い」

 にやにやと人の悪い笑みを浮かべる綾子を、気味悪そうに見つつ遠坂は内心で舌を打つ。
 自分の見通しの甘いとも思うが、同時にそれがなければ昨日の一夜もなかったわけだから、諦めるしかなかった。

「ところで、知ってるか、遠坂。最近、女子の間で富に話題になっている男子がいる事を」

 そんな、遠坂の葛藤を無視して唐突に美綴が話題を変えた。

「はっ? 何よ、籔から棒にいきなり」
「その様子だと知らないらしいな。衛宮だよ、衛宮士郎。あいつが最近女子の間で人気沸騰中なんだ」
「なっ」

 なぜそこに、衛宮君の名前がでてくるの?  そう、遠坂は言いたかったのだが、なぜか言葉がでなかった。

「二年の後半辺りから、背がぐんぐんと伸びただろ。運動神経もいいし、顔立ちも精悍で逞しいって事のほか好評らしい。前から性格の良さは折込済みだしな」
「なっなっなっなっ」

 そんな事は知っている。
 誰よりも遠坂があれから一番近くであの男を見てきたのだから。  惚れ直すなんて、言葉は遠坂が使いたくなかったけれど、毎日毎日そんな感じなのだ。
 だけど、それを他の女が知っている?
 そんなの信じられなかった。
 だって、衛宮士郎という男は馬鹿で、常軌を逸したほどのお人よしで、他人のためだったら簡単に自分を命を差し出してしまうような命知らす奴なのだ。だから、遠坂がついて幸せにしてやらなければ駄目な男なのだ。
 だから、他の女が士郎を見てるなんて、そんなの絶対に遠坂には認められない。

「これでもし、次の大会で活躍したら。いや、間違いなく活躍すると思うが、そりゃあもう周りどころか他校の女も放って置かないだろうな。いや、楽しみだ」

 不意に思い出す、あの弓道場の一射を。いや、忘れてなどいなかった。あれは確かに遠坂凛の瞼に焼き付いていたのだ。  絶対、絶対に本人には言ってなんてやらないけど、あの時の士郎は本当に凄かったのだ。この遠坂凛の頭がその事で占められてしまうくらい、衛宮士郎は本当に別格だったのだ。
 弓を引くその姿は息をするのもためらわれるような緊張感に包まれているのに、その横顔はどこか穏やかで。
 身動ぎをして衣擦れの音を出すの罪悪に感じられるほど静寂に包まれているのに、静寂に押しつぶされたように他の音は何一つ耳に届かなくて。
 何よりその背中は、幾度も彼女を守ってくれたあの赤い外套に包まれた大きい背中に重なって見えて、それが嬉しくて腹ただしくて。
 何一つ整理できない感情が遠坂凛の中で渦巻く中で、唯一つ明確にわかった事は。
 その姿が、その一つ一つの所作が圧倒的に「美しい」という事。
 だから、その映像がプレイバックした、その瞬間に遠坂凛は何も考えられなくなっていた。
 見栄も、意地も、誇りも遠坂の頭から吹き飛んでいた。
 衛宮士郎の隣に立って一緒に歩んでいいのは、遠坂凛だけだ。

「中止、中止よ。士郎の貸し出しは中止ーーーー」

 顔を真っ赤に染め上げた遠坂が机を叩いて、獣の咆哮がごとき叫び声を上げていた。

「ほう、遠坂。衛宮の事を下の名前で呼んでいるのか? しかも、貸し出しときたか。何だ、もう衛宮は遠坂が購入済みなのか、間桐の奴も哀れな」

 だが、次の瞬間には美綴の言葉がするりと脳内に滑り込んできて、遠坂の思考は一瞬のうちに今度は凍りついた。

 ワタシハイマナニヲイッタノデショウ?

 言葉にならない呟きが、頭の中で反響していた。

「えっ、いや、その、あの」
「それよりいいのか。どうにも事情を知りたがってる奴らが輪になっているようだが」

 混乱したまま美綴の言葉にギョとして振り向くと、男女問わず異様な目の輝きを放った集団が遠坂と美綴の机をぎっしりと取り囲んでいた。遠坂が感じたプレッシャーは、あの最古の英雄王ギルガメッシュと相対した時とそう変わらないものだった。

「ほう、遠坂嬢はあの衛宮と付き合っているのか?」
「ありえね〜、この女が男と付き合うなんて」
「あ、あの、その、遠坂さん。本当なんですか?」
「で、何時からなんだ? なりそめは? 告白したのはどっちから?」

 矢継ぎ早に繰り出される質問に、美綴の笑い声を聞きながら遠坂はそのまま死んだように机に突っ伏してしまう他なかったのだった。

 ちなみに、この後昼休みの終わりを告げるチャイムと共に一成と士郎が帰ってきて、騒動はさらにヒートアップする事になるのだが。それはまた別の話である。

                                           了


 後書き

 ども、高野です。  初めてのFateSSはいかがでしたでしょうか?
 正直、FateSS言いながらサーヴァントの一人もでてこないのはどうか? と思ったんですけど最初ですし、それ以外はかなりベタな内容となってますし、まあいいかと(笑)。
 また、弓道に関して私はまったく詳しくないので、その多くを米澤穂信さんの著作『さよなら妖精』より多くの教唆を勝手に頂きました。(台詞等もちらちらと似たようなものがあります、すみません) 米澤ファンの方本当に申し訳ありません。
 そして、何より幾度となく不出来なSSを読んでいただいたSINさんには大変お世話になりました。本当にありがとうございます。
 もし、感想等ありましたらBBS、メール等でぜひ忌憚ないものをぜひお聞かせください。
 それでは、また〜。

 追伸 次は「夜が来る」を何とかします、きっと……

 追記 10月16日に、ご指摘を受け色々と書き直させてたいただきました。
     メテオさん、MISSION QUESTさんありがとうございました。

 P.S すみません。「夜が来る」は難しい事になりそうです、はい。
                                            了