前書きというより注意書き

 これはペルソナ3の小ネタでございます。
 ですが、「望月×主」を推進されている方はお願いですから読まんといてください。
 また、ペルソナ3でゲーム中に行なわれる12月31日の決断イベントを終えていない方は読んでも意味がわからない上、酷いネタバレ(ゲーム本編のシーンをそのまま書き写しています)がありますので読まんといてください。
 ちなみに、主人公に名前はつけておりません。ご自由に好きな名前を「彼」につけてあげてください。







































  裏切り者


 それは、まるで太古に行なわれた神との対話のようにすべては契約から始まった。 
 彼と彼らがが時と時の狭間で多くの出会いと別れ、血と鉄による闘争の果てにそこに辿りついた決断の結果は、彼が名前も知らぬ少年とその契約を交わした時すでに、約束されていたのものだったのかもしれない。
 その決断の結果として、本当に大事なものを失う事になったとしても、彼にはその決断をくだす事しかできなかった。


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「じゃあ…頼んだぞ。…いいな」

 真田明彦の力強い言葉に頷いて、彼は歩き出した。その背中に7人の迷いのない視線が注がれるのを感じていた。
 1階ロビーから望月綾時が待っている2Fの自室へと続く階段の前で、ふと後ろ髪を引かれたように足を止めて肩越しに一度だけ振り向いた。
 ロビーで待つほかない7人全員が、会話もなくソファーに身を静めていた。
 何か見えない重いものに押しつけられ言葉を失っているという訳ではなく、皆もうここで語るべきものは全て語り尽くしたとでも言わんばかりに、自分が今一度このロビーに帰ってくるのを待ってくれているように彼には思えた。
 彼は知っていた。そこにいる誰もが果てのない闇と対峙し、強い思いと果断なる決断をもってそれを乗り越えて、今そこに坐っていることを。
 そして今、彼らは自らの決断の結果を彼一人に、押し付ける訳で声高に自らの正当性を主張するでもなく、彼の判断による決断の結果に委ねていた。そして、その姿を見れば、これから彼が下す決断の結果を誰一人として疑っていない事は一目で見て取れた。それは取りも直さず、彼への揺ぎ無い信頼の証でもあった。
 彼は、その奇跡のような光景を今一度胸に刻みつけて、階段に足を踏み出した。
 不意に、アイギスが立ち上がった。見開かれた目は、螺旋階段を上る彼の背中を捉えていたが、彼がもう一度肩越しにでも後ろを振り返る事はなかった。

「何? どうしたの、アイギス」
「……いえ、何でもありません」

 その場を代表するような形で岳羽ゆかりが言葉をかけると、アイギスは再び腰を下ろした。
 不信そうな全員の視線から逃れるように、彼女は視線を伏せた。
 彼女は自分のメモリに確かに残った彼の視線を思い出す。彼が振り返ったその刹那交わった今まで感じた事の無い冷たさを、アイギスは言葉に表すことは出来なかった。ましてや、肩越しに読み取った唇の動きを彼らに話す事など出来る訳がなかった。

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 扉を開けると、望月綾時は彼のベットに浅く腰をかけていた。

「やあ。
 この部屋でこんな風に2人で話すの…、何ヶ月ぶりかな。もっとも、あの頃はこの姿じゃなかったし、名前も違ってたね」

 いくばかりかの軽薄さと共に、相手に親愛を惜しみなく伝える表情と声でそこまで言うと、綾時はふと顔を背けた。

「みんなは…僕を生かすつもりらしいね」

 綾時は、それが手ひどい間違いだと示すように顔を曇らせた。

「勝ち目の無い戦いに命を賭けようとしてる…。
 でも、今ここに居るのは君だ」

 その言葉は、下で待つ彼の仲間とは正反対の決断を促す言葉に他ならなかった。

「もう一度言っておくよ。 僕を殺せば、タルタロスと影時間と、そして君たちの戦いの記憶が消える。君たちは明日から、ごく普通の高校生として目を覚ます。そして何も知らないまま、苦しむ事なく、滅びの瞬間まですごせるんだ。でも、僕を生かせば。避けられない死に怯えつづけてその日を迎える事になる」

 綾時は、まるで聞かん坊を諭す母親のように改めて自らが提示した絶対的な条件を復唱した。その行為は、大人が子供の夢をその幼さゆえに子供自身のためというお題目の元叩きつぶそうとするような傲慢さが垣間見えた。
 そして、ふと彼は思う。目の前のいかにもこちらの事をただ痛ましいほど心配しているのだ、という風に話す彼は、自分の言っている事が、一年近く生死を共にして来た仲間達の信頼を裏切れ、と言っているのに等しい事を自覚しているのだろうかと。

「…迷っているのかい。それとももう、答えを見つけているのかな」

 まるで、決断を促すかのように綾時は立ち上がると、彼にそう改めて問いかけた。
 彼と綾時の視線が絡み合うように交差する。
 そして、彼は頷く。
 彼の決断はすでに下されていた。あの日時間という概念の隙間、レインボーブリッジの上で、すべてを思い出した瞬間すでに下されていた。

「そうか…分ってくれたんだね」

 綾時は、言葉ならずして彼の決断を汲みとったのか安堵のため息を一つついた。

「常に前を向こうとするのは、素晴らしい生き方だと思う。でも、だからってそれ以外の生き方が間違いだって事にはならない。どの道が幸福に通じているかなんて、誰にも見えやしないんだ」

 綾時は、顔を伏せて、下で待つ彼の仲間たちに寡黙な彼に代わって言い訳でもするように言葉を重ねた。

「君と出会えて…嬉しかったよ。こういう気持ちが、たぶん…"幸せ"っていうんだと思う。
 今まで本当にありがとう」

 最後に表を上げて、彼を正面から見据える綾時の顔は晴れやかだった。
 彼はその言葉に深い満足を覚えた。そして、懐にしまっていた召還機に手を伸ばした。こめかみに、その先端の形がはっきりわかるほど強く召喚機を押し当てた。

「……さようなら」

 言葉は酷く重かったが、彼が初めて口を開いた。出来うるなら何も語らず終えたかったが、それは彼にとって目の前の男を殺すためにはどうしても必要な手順のように思えた。
 その言葉に綾時が笑う。満足そうに、彼の決断と、この結末を祝うように。
 彼も笑う。純粋に、初めて彼がペルソナを呼び出したあの夜のように歓喜に満ちた笑みを浮かべる。
 そう、あの時、10年前の記憶を呼び覚ました時から、彼はこの瞬間をどれだけ待ち望んだだろうか? 彼にとって世界はあの瞬間に一変していた。まるで、一枚の絵画を見る角度を変えた瞬間陽画から陰画へと姿を一瞬で変えてしまうように、彼にとってこの世界は意味をなさない笑い話になってしまっていた。
  彼は自分が救う者ではなく、ましてや救われた者でもない事を知った。彼は、自分がただただ哀れな救われた者達への生贄でしかないこと知ってしまったのだから。
 救うべきは、救われるべきは誰か?
 それは、もう彼にとって考えるまでもなかった。

「俺の敵」

 目が見開き、笑いは不自然に緩んだ口元に変わった。まるで色を失った花のように茫然と表情を失った綾時の相貌に先ほどまでの親しげな感情は無論消え果てた。
 彼には、それで十分だった。彼が殺せない存在だったとして、今この瞬間紛いもの絆だけはしっかりと殺したのだから。それで、彼の復讐は果たされていた。
 撃鉄が落ちる瞬間、彼は先ほど胸に刻みつけたあの光景を思い出そうとしたが、決断した責任にともなう対価のごとく白く覆われてもう思い出すことも出来なくなっていた。


                                                終


 後書き


 まずは、謝罪を。
「うたわれるもの」のSSを待っていただけていたであろう数人の皆様すみません。あれは、そのま、また今度という事でご勘弁を。
 とか言いつつ、何だか次もペルソナ3の小ネタになってしまいそうで申し訳ない。(だって、学園ものは書きやすいんだ)
 とにかく、楽しんでいただけたら幸いです(楽しい話では欠片もありませんが)

                         2006年 11月 25日 高野浩平拝