Maple Colors


 『MapleColors』を知らない人のための粗筋

 ある日、紅華学園に転校して来た青年佐久良次郎。
 彼は、問題児が集められたクラス2―Bに編入される。彼自身、物忘れが酷く(注・最初に、彼は3つしか物事を記憶できないと説明されていますが。この設定はさすがに無理がありすぎたのかその後出てきませんでした(笑))、極度の高所恐怖症、そして癇癪球のごとく喧嘩早いという問題を抱えた問題児だったからです。
 さて、編入して幾日かは平穏にすぎたのですが、ついに問題が起きてしまいます。
 同クラスの目目倉下駄郎が、学園で強い力を持つ演劇部の部員に苛められているのを止めに入ったキャプテンこと葵未来が勢いあまって暴力事件を起こしかけたのを止めたまでは良かったのですが。生来の喧嘩早さから、演劇部の挑発に乗ってしまいなんと自分が手を出してしまったのです。
 さらに、その場に狙って出てきた演劇部の部長愛染を挑発し、いらぬ恨みを持ってしまったものだから自体は急変。
 愛染は、これを機に2-Bそのものを停学処分に持ち込もうとした演劇部の顧問も勤める教頭をそそのかし、何と事の決着を学園祭で2-Bと、全国演劇祭で金賞を取るような演劇部との演劇勝負で決めるにしてしまったのです。
 勝負に負ければ良次郎は退学。しかも、2-Bの生徒全員が無期限停学。
 当然、2-Bの他の生徒は良次郎に反発し、とても勝負にはならないとあきらめモード。
 そんな最悪な状況の中、良次郎は2−Bの数少ない協力者葵未来と秋穂紅葉と共に演劇勝負に立ち上がるのでした。
 ちゃんちゃん

 前書き

 このSSは、『MapleColors』という18禁PCゲームの後日談風味に書いております。
 ですので、当然ながらネタバレを大量に含んでいます。これから『MapleColors』をやるつもりの大きなお友達は読まない方がいいと思います。
 ちなみに、このSSそのものには18禁ネタは一切含んではいませんので小さいお子様も安心して読んでいただけます。
 ……もちろん、上の一文は下記SSの内容保障ではありませんのでお気をつけください。


 Maple Colors 〜約束の続き〜


 昔々、といってもそれはほど昔でもないある所に、それはそれは仲がよい少年と少女がいました。
 少年と少女は祖父同士が友達だった事から知り合い、すぐに仲良くなりました。少女は、その頃とても体が小さくてか弱い子供でした。ですから、よく少女は少年に守ってもらっていました。
 ですが、少女が祖父の言葉に従って体を鍛え始めてからちょっとずつ事情が変わってきました。

 少女は、成長するにつれだんだんに体も強くなり、真面目に稽古をつんだおかげで苛められる事もなくなりました。
 それでなくても、この頃の成長は女の子の方が早いもので気が付いてみると、少女は少年よりも強くなってしまったのです。
 それは二人にとっては少なからずショックな事実でした。ですが、二人とも少々いえ、かなり意地っ張りな性格でしたので、それを素直に相手に伝える事ができませんでした。  だから、少年と少女は一つの約束を交わしました。

 とても幼く、だからこそ純粋で真摯な約束でした。
 ですが、その約束が果たされる前に、二人には別れの時が訪れてしまいました。
 少年が、両親の都合で遠い所に引っ越さなければならなくなってしまったのです。
 二人はあらためて約束を交わしました。また出会い、約束が果たされる事を信じて。

 二人はそれから出会う事もなく、長い時が経ちました。
 女の子は、とても真面目ないい子でしたので、大きくなっても約束を忘れる事はありませんでした。
 男の子は普通の子に比べてもかなり忘れっぽい性格でしたので、大きくなるにつれその約束を忘れてしまいました。
 そして、二人はまた出会ったのです。大事な大事な約束が果たされないままに……。

 私立紅華学園の裏山に、神社が立っていた。
  今でこそ、学校と神社は主と従の関係が逆転している感こそあるが、歴史を振り返ってみれば勿論神社の方がこの地域に長い歴史を持ち、近隣住民の尊敬を集め、信仰の中心地として賑わいを見せていたわけだが。
 今、この神社が盛り上がるのはごくごく限られた祭事や記念日だけという有様だった。
 その神社に隣接する形で一つの道場が立っていた。この神社の大昔の宮司が開いたもので最盛期には、神社と同様近隣から多くの門下生が集まり賑わったそうだが、これまた神社同様長い歴史の中に埋もれ今は面影は無い。
 だが、ここ最近どう行った訳か往年の盛況を少しばかり取り戻しているようだった。端々にこれまで刻んできた歴史と清貧さを感じさせる道場に、衝撃を伴った音が辺りを震わせて響き渡った。

「かっかっかっ、どうした小僧。これで終わりか?」

 その道場の真ん中で、胴着をまとった小柄な老人が大笑しながら立っていた。
 老人とはいっても、背筋はぴんと伸び、まだまだ現役といった量の白髪を綺麗に撫で付けたその姿からはを弱々しさの欠片も感じられない。
 その老人から少しだけ離れて、やはり白の胴着を着た少年が床に仰向けで倒れていた。
  少年のぼさぼさの短髪の下には隠された特徴的な垂れ目をしたなかなかの二枚目の顔が痛みに歪められていた。さらに、痛みに床に芋虫のように腹這いになっているその姿は、残念ながら二枚目という形容詞からはからはほど遠いものだった。
 この少年こそ、夏休み明けに紅華学園に転校して来てものの数ヶ月で学園全体を巻き込む問題を発生させた事で有名な転校生佐久良次郎であった。

「うるせい、爺。もう一本だ」

 怒鳴りながら良次郎は飛び上がるように立ち上がると、一気に老人に突進していく。良次郎の右腕が、老人の左襟首に触れたか触れないかといった瞬間だった。

「ほれっ」

 老人の皺だらけの口から気の抜けた掛け声が漏れる。

「……うわぁあ」

 良次郎の体は物の見事に一回転して、先ほどと同じように背中から床に叩きつけられていた。

「いてぇぇえぇぇぇ」
「かっかっかっかっ。修行がたらんのう」

 思わず床の上で、えびぞりで痛がる良次郎の姿を老人はさも愉快そうに笑う。

「くっそう、まだまだ」

 老人に笑われたのが悔しいのだろう良次郎は顔を高潮させ再び勢いよく跳ね起きると、老人に掴みかかった。もっとも、老人は良次郎のしゃにむに突き出してくる両腕をひょいひょいと最低限の動きでよける。

「ほれほれ、どうしたどうした」
「ちくしょう。妖怪爺が」

 小馬鹿にした口調で挑発する老人を、良次郎は必死で捕まえようと追いかける。良次郎からして見れば、老人の後ほんの少し(実際、良次郎の指の関節があと一関節でも長ければ届くであろう所に老人は常にいるのだ)という思いが強いのだろうが、老人は決してそのあとほんの少しを縮めさせてくれなかった。
 良次郎が、届いたと思った瞬間には蜃気楼が立ち消えたように、何故かその一歩後ろに老人は立っているのだ。
  この良次郎から見てみればストレスと疲れだけが残る追いかけっこはもう小一時間以上もえいえんと続けられているのだった。
 そんな道場の外の廊下で、左右開きの扉を指一本ほど開け中を窺っている一つの影があった。

(う〜〜、やりすぎではないですか、師匠)

 その影は、苛々と中を覗きながら同時に腕時計をちらちらと気にしていた。
 影から見ると、明らかに二人の技量の差には天と地ほどの差がある事がよくわかった。そして、この追いかけっこを数時間続けたとしても決して、良次郎の拳が老人の体に触れる事がないであろうという事も一目瞭然だった。

(あと、10秒、9秒、8秒、7秒、6秒、5秒、4秒、3秒、2秒、1秒、よし)

 時計の針が、きっかり3時を指したのを確認して影は足元に開いていた給湯ポットとお盆を持ち上げて、意を決したように道場の扉を開けた。

「失礼します。師匠、良次郎。そろそろ、休憩にいたしませんか?」
「おお、素子か」

 道場に姿を現したのは背中まで伸ばした黒髪も美しい少女、2−Bの出席番号25、咲守素子だった。
 咲守は何時もどおりの赤い袴に白の上着という巫女姿をしていた。彼女は実家が神社であり正真正銘の巫女であり、巫女姿をしている事は事体は可笑しなことではないのだが、問題はそれが日常生活であっても例外ではない事だった。そして、それこそが咲守が問題児集団2−Bに編入される事となった理由でもあった。
 学園は、学園長の方針により基本的に自由を尊重している風情があり、一応しっかりとした制服もあるのだが、よほど世間の常識から逸脱した服装でさえなければ許されていた。
 だが、さすがに入学初日から巫女装束で出席した咲守は如何せん目立ちすぎた。
 当然、見かねた教師の一人が注意を促した。その時、咲守は毅然と教師と対峙すると、

「この学園では私服が認められていると聞き及んでいます。私のこの装束は神代より続いた神聖なものであり、決して公共良俗を乱すようなものではありません。もし、その上でこの装束が認められない、と仰るのでしたら。ぜひとも、その納得できる理由をご説明いただきたい」

 と堂々と言ってのけ、教師を見事撃退したのだった。
 そして、その瞬間から咲守は来年編成で問題児集団を集めた2-Bへ入れられる事と、学内の女子に膨大なファンを持つ事になったのであった。

「おお、そいつはいいのぅ」

 老人は少女を視界に入れると、今までのつまらなそうな表情を一変させ、息も絶え絶えといった様子の良次郎と呼ばれた少年の胸元に入ると右腕一本で少年の着ている胴着の襟をむんずと掴んだ。

「わぁあぁぁぁぁぁぁぁ」

 そして再び、良次郎の悲鳴と衝撃が道場を揺らしたのだった。

「……師匠。少々、やりすぎではありませんか? 幾ら人の何倍も丈夫とは言っても良次郎は素人ですよ」

 その姿に、咲守は顔を顰めた。
 師匠と、これまでずっと稽古を積んでいた咲守にはしっかりと師匠が手加減をしているのはわかるのだが、それでも惚れた男が何度も何度も床に叩きつけらる姿は見ていて心楽しいものではなかった。

「何、素人とは言っても、この小僧は佐久の孫じゃからな。この程度では死にゃあせん」
「そ、そういう問題じゃねえだろう」

 咲守と微妙に視線をそらして老人は快活に笑う。その下の床では咳き込みながら、良次郎が反論した。
 だが、老人の主張もあながち理由がないわけではなかった。
 良次郎の祖父は空手の道場を開いており、その祖父に育てられた良次郎が普通の高校生より多少は頑丈に出来ていると考えてもそう間違いではないだろう。もっとも、その良次郎は長い間両親と共に道場のある実家を離れ生活していたのだが。
 ちなみに、この若すぎる老人二人は、良次郎にしてみれば迷惑極まりないが居合と空手と嗜むものこそ違えどよき友、よきライバルであるらしく。咲守老人は、友人兼ライバルの孫であるから手加減するつもりはまるでないという事だった。

「ほれ、まだ動けるじゃろ。感心感心」

 何とか立ち上がってくる良次郎を指差して、老人はさも愉快そうに笑った。

「……師匠」
「気にすんな、咲守。この爺、俺にお前を取られたもんで焼き餅やいてやがるんだ」

 良次郎と咲守は、学園祭の演劇勝負を機に正式に付き合い始めたいた。
 もっとも、二人の性格が性格なので一般に考えられるようなお付き合いをしているわけではなかったのだが。

「おうよ、焼き餅やいて何が悪い。お前のような悪餓鬼に、かわいいかわいい孫を取られたワシの気持ちがわかるものか」

 その言葉とは裏腹に、老人はにやにやと笑いを噛み殺したような顔でそう言った。

「……師匠」

 老人の言葉に、咲守は顔を赤らめた。

「ちっ、言ってろ」
「まあ、こんな悪餓鬼の事はどうでもいいわい。それより、素子。茶でも持ってきてくれたのかな」
「はい。こちらに」

 咲守は、湯のみや急須、それにお茶請けの菓子を載せたお盆をさっと差し出す。

「それでは休憩にするかのう」

 老人の言葉に、三人は道場の一角に車座に腰を下ろした。



 学園祭での演劇勝負に勝利し退学をまのがれた良次郎は、学園が冬休みに入ってから一週間、ほぼ毎日咲守の家に併設された道場を訪れていた。そして、訪れるやいなや、何故か咲守の祖父であると同時に武道の師匠である老人を捕まえると騒がしく手合わせを始めるのが常になっていた。
 そしてそれは今日も例外ではなく、昼近くに道場に現れた良次郎は、咲守と顔を合わせる事もなく咲守の祖父と手合わせを始めていたのだった。
 咲守は、手際よく急須からお茶を注いだ湯呑みと茶菓子として用意した月餅を配る。
 三人にお茶菓子と菓子が行き渡り、お茶をすする音と茶菓子の包装をとく紙の触れ合う音が何となくほのぼのとした雰囲気が作り出していた。

「この月餅は絶品だぞ。良次郎も食べてみてくれ」

 咲守は、上品に月餅を手で一口大に割って口に運びながら、どこか嬉しそうに良次郎に茶菓子の月餅を薦めた。

「へ〜、うまいな、これ」

 良次郎と言えば、言葉とは裏腹に味を楽しむまもなく大きく口を開けるとたった二口で月餅を飲み込んでしまう。

「粗忽者が。こういう物はだな、もっとゆっくりと味わうものだぞ」
「そうか? 美味けりゃいいんじゃないか?」

 咲守は、そんなありがたみの欠片も感じられない食べ方をする良次郎に呆れたようにそう抗議するが、その顔やはりどこか嬉しげだった。その姿からは、学園祭まで完璧なクールビューティとして学園内で鳴らしていた事などまるで想像できない。

「なんじゃな、おぬしら」

 不意に二人のやり取りを黙ってみていた老人が、ほうばっていた月餅を茶で流し込んで口を開いた。

「何だ」
「なんです、師匠?」
「知らぬ内に、クラスに敵をつくっとりゃせんか?」

 老人はしれっと、首をかしげる二人にそう切り出した。

「はぁ、何言ってんだ?」
「何を仰ってるのですか、そのような事はないと思いますが?」

 意外な老人の言葉に、二人は訳がわからないという表情で聞き返した。

「いや、何。ワシのような枯れた老人なら兎も角、そんなあつあつ振りは若い物には目の毒じゃろうに」
「なっ」

 老人の言葉に、顔を紅潮させ咲守は言葉を失った。

「ふんふん、うらやましいか、爺」
「うらやましいのう」

 臆面もなく言ってのける良次郎に、老人も間髪いれずはっきりと答えた。

「良次郎、師匠」

 二人のやり取りに、咲守は照れを通り越して額に手を当てて俯く。
 元々、咲守は良次郎と話していて、自分の祖父こと師匠によく似ているとは思ってはいたのだ。ここまで息が合うとまでは考えてはいなかった。
 最初こそ、なんやかやと良次郎の事を言っていた老人だったが、今は律儀に良次郎が訪れる時間には身支度を整えて道場で待っているのだから、それなりに楽しんでいる事は明らかだった。

「まあ、しかし、それはないから安心してくれ」
「ほう。どうして、そう言い切れるんじゃ?」

 良次郎は苦笑いを噛み殺したような表情で、老人の問いに明確に否定してみせた。

「……学校は色々と障害が多いんだよ、なぁ、咲守?」

 良次郎は頭を困ったように掻くと、咲守に視線をやった。咲守はといえば、何とも言えない微妙な表情で、良次郎からばつが悪そうに眼を背けた。
 ちなみに、この障害とは主に同じクラスの林木葉を指している事は2−Bにおいて知らないものはいない。彼女は、何かといえば咲守に引っ付き、咲守への好意を隠さないばかりか良次郎への敵意剥き出しで何かと妨害してくるのだった。
 咲守がはっきりと拒絶すればすむような話のはずなのだが、その当人が可愛い女の子にはめっぽう弱いとなるといかんともし難い。
 もっとも、障害はそればかりではない。演劇勝負を観覧していた、学生演劇のお偉い方の推挙があって、2−Bが学生演劇大会に出場する事になってしまったのだ。
 休みに入るまで、2−Bはその準備に大あらわであり、とてもではないが二人で親密な時間を取る事など出来なかった。

「という訳で、俺達のことは放っておいてくれ」

 しれっと良次郎は咲守の腰を掴んで自分の方に引き寄せた。

「っ、……この馬鹿者」

 羞恥に顔を赤らめて咲守は、ぶしつけに腰に廻された良次郎の腕を掴むと、座ったまま咲守は綺麗に良次郎の決して小さくはない体を投げ飛ばした。

「イテェエェェェェ」
「ふん」

 良次郎はしたたかに床に叩きつけられ悲鳴をあげたが、咲守は鼻を一つ鳴らしてそっぽ向いてしまった。もっとも、その頬が微妙に紅潮しているにはご愛嬌といったところだろう。
  ちなみに、咲守は幼い頃から祖父である老人に師事しており腕前は皆伝級である。

「うむ。うらやましいのう」

 そんな二人の姿を眺めながら、あくまで真面目に老人は頷いたのだった。


 日も落ちて、道場から退去した良次郎と咲守は連れ立って歩いていた。ちなみに、良次郎はあの後も散々老人に投げ飛ばされ、終いには足腰が立たなくなってしまったため、咲守に肩を貸してもらって歩いていた。

「いてててって」
「大丈夫か、良次郎?」

 時折、腰に手を当て痛がる良次郎に、咲守が心配そうに声をかけた。

「悪いなぁ、咲守」
「お前は無理をしすぎだ。いくら丈夫だといっても限界というものがあるだろうに」

 あまり悪気を感じない良次郎に、咲守は少々語気を強めてそう言った。
 口にこそ出さないが、咲守は少々不満もあった。良次郎が、ほとんど毎日家に来るのは嬉しかったが、その良次郎は師匠と道場に一日篭ってしまうのだ。
 最初こそ、道場で修業に明け暮れる良次郎を頼もしく見ていたものだが、さすがにこうも毎日では咲守にも不満が溜まってくるのも当然だった。しかも、遊んでいるのではなく、真面目に師匠相手に稽古をつけて貰っている以上文句が言えるわけ訳もなく。
 ましてや、素直に「寂しい」などと彼女の性格上言えるはずもなく、彼女の不満とストレスは日増しに増していたのだった。
 それに、こういう役は本来反対のはずだ。
 咲守は、ずれた良次郎の体を支え直しながら、苦々しくそう思うのだった。
 可憐に男に支えられる可愛い女の子。
 自分には一番似つかわしくない姿だとわかっていながら、いや、わかっているからこそ咲守はそんな姿に憧れを禁じえないのだった。

「しょうがねぇだろ」

 咲守の非難を察したのか、良次郎は顔を背けた。

「何がだ?」
「……多少無理しなきゃ、咲守に追いつかねぇからなぁ」

 咲守の非難混じりの問いに、良次郎はかなりの逡巡の後、ぼそりと呟いた。

「?」
「やっぱり、その、何時までも好きな女に守られてんのはかっこ悪いだろう」

 学園祭で行われた演劇勝負の際、執拗に繰り返された演劇部からの実力行使による妨害工作で結局、良次郎は咲守に助けられてばかりだった。それは仕方がない事だとは思っていても、やはり男として良次郎はこの状態に忸怩たる思いが無い訳ではなかった。

「……この愚か者が」

 咲守はぷっと吹き出して笑う。そんな彼女に良次郎はさらに顔を赤らめた。

「うるせいやい」
「お前は変わらないな」

 笑う咲守の脳裏には、元気な男の姿が蘇っていた。


 ……もとこ。もう一度、ぼくが勝ったらおまえをおよめさんにするからな。


 その男の子は、咲守に向かって自信満々にそう宣言したのだ。ついさっき彼女に投げ飛ばされたばかりだというのに。
 その滑稽な姿が彼女にはとてもとても嬉しかったのだから。
 無邪気に笑う咲守の姿を、盗み見た良次郎は眼を釘付けにされていた。

(普段が普段だけに、やべぇすげぇ可愛い)

 普段は大人っぽく凛として、あまり感情を表に出さない咲守にこうも無邪気に笑われると、そのギャップのせいかまるで自分より年下のように可愛く見えて、良次郎の胸は高鳴った。

「咲守」

 唾を一つ飲み込んで、良次郎は咲守に向き直った。

「……うん。してよい」

 良次郎の言葉に、咲守も笑みを収めると眼を閉じ顔を良次郎に向けた。

「こういう時、咲守の能力は便利だよなぁ」

 良次郎は感心したように呟く。

「愚か者、こういう時は黙ってやるものだ」

 怒ってというより、拗ねたように咲守は眼を瞑ったまま囁いた。

「まったくで」

 そして、ゆっくりと二人の顔が重った。


 さて、お話ですが。
 この話は、それほど昔という訳でなかったので今でも続いているのです。きっと、ハッピーエンドに向かって。


                                                 〜終〜



 後書き

 やばいです。
 めちゃめちゃ恥ずかしいです。と言いますか、リアルで知っている人には見せられねえぞって感じです。
 自分の中に、こんな部分がまだあったかと思うとかなり笑えます。
 あと、一月中には続編というかファンディスクなのかよくわかりませんが出るみたいです。で、その中にこの話と同様学園祭後の話が入ってるみたいなんですが、その中に出てくるヒロインは4人。
 葵未来、卯月あむ、鈴原空、咲守 素子です。ですが、実は本編ではあと二人ヒロイン候補がいるんです。
 彼女達は無視なんでしょうか?
 中でも秋穂もみじさんは、本編では二番手ぐらいの位置付けなんですけどね〜。
 まあ、本編との兼ね合い(二人は、それぞれのルートに入らないと良次郎を好きにならない)からかもしれません。  どうでもいいといえば、どうでもいい事なんですがねぇ(苦笑)  という訳で、これも気が向いたら他のキャラで書くかもしれません。その時は宜しゅうお願いします。

                                                   〜終〜