火魅子伝〜恋解〜二次創作物作品

--がんばれ九峪君 〜受難編〜--

 まだだ……まだ俺は戦える。


まだ、俺の体は限界じゃない。まだ、手足の感覚はある。負けたわけじゃない。


そうだ、逃げる為の言い訳なんていらない。なぜなら、逃げないからだ。



立ち上がりさえすればいい。
そこから一歩踏み出せばいい。
そこから全てが始まる。







この俺のサ−ガが!!








たとえ俺の前に闇が広がろうとも、この闇を支配しているのは俺だ。










だから――――――







―――――――俺だけしかいない―――――――









 向こう側さえ見通せないほど闇が、たとえ広大で無限に広がろうとも、その先はきっとある。


なぜなら、俺の可能性はこの闇よりも遥かに大きいからだ!!


 限界を決めるのも、壁を作るのも自分なら、俺はこの闇の世界では何も作らない。


だから、闇の中に、敵は居ない。


立ちふさがる奴もいない。そして、行く手を遮る壁さえない!!


そう、俺は、俺は――――






支配者だ。







だから……だから……だから……

















「カカシなんぞに、


 負けられるかぁぁぁぁぁっ!」















――――――――九峪は意識を取り戻した。















がんばれ九峪君 〜受難編〜


 邦見城の中の鍛錬場で、九峪は剣の稽古をしている所である。
剣の修行の指導をしているのは、伊万里と清瑞の二人だった。
しかし今、指導しているのは伊万里でも清瑞でもない………珠洲である。
なぜ、そんな事になったのかというと、時刻は数時間前に遡る。



 最近九峪は、復興軍内で自分の武力を馬鹿にしている連中を見返す必要があると思い始めていた。
理由は、珠洲や忌瀬などから流される根も葉もない(とも言い切れない)噂によって、悪い噂が復興軍内に広まっていた。それにより、自分の威信というものが(あってないようなものだが)落ち込んでいることに気がついた。
 悲しいかな、噂とはいい噂はなかなか広まらず、悪い噂はそれはウイルスが感染するが如く素晴らしい勢いで広まる。
九峪のイメ−ジに対する噂も同様である。

 これはまずいと思った九峪は、何とか悪いイメ−ジを払拭させる必要があると考えたわけである。

 最初、九峪は紅玉に指導を頼もうかと思っていたが、指導が厳しそうな予感がした為、優しく教えてくれそうな伊万里に頼む事にした。
志野に頼むという選択肢もあったのだが、もし志野に頼むということになれば、珠洲にもばれてしまうことになる。
 そうなると、秘密裏に訓練するという目的が達成出来ないと思った九峪は、志野に頼むと言う選択肢を捨てたのだった。
「とりあえず、あんまり人に見られるのが恥かしいんだよ。それに、俺の事を馬鹿にしている連中を見返してやりたいんだ。頼むよ伊万里。頼れるのは君だけだ」
こう言われて、伊万里の性格上断れるはずも無く、また九峪に好感を持っていた彼女は二つ返事で引き受けた。


もちろん、上乃には内緒にしてある。




 こうして、九峪と伊万里の秘密の特訓が始まるはずであったのだが、護衛の清瑞に隠しとおせるわけも無く、
「訓練だと!? ほう、ようやく貴様も自分の身を守る意識が芽生えたのだな。しかし、付け焼刃で自信を持ってもらって何かあっては、護衛役の私が困る!! やるなら、私が納得できるくらいの強さを手に入れろ。私も一緒に貴様を鍛えてやるから、ありがたく思え」
と、半ば強引に九峪の指導役を買って出た結果、伊万里と清瑞の二人の指導の元に、剣の訓練を行う事になった。

 最初、訓練ということで伊万里と手合いを行い、伊万里と清瑞の予想外の強さを九峪は見せた。伊万里から一本取ったのである。
「お−、俺ってもしかして天才?」
「早い剣筋ですね。ちょっと油断していました」
それが、伊万里の率直な感想だった。しかし、清瑞はそんな九峪に厳しい指摘をする。
「確かに早い。踏み込みが半歩深い……が、それでは身を守ることは出来ないぞ」
この意見には、伊万里も同じだった。

 ここで少し説明しておく。
 九峪は剣道家ではないが、高校の授業で剣道をやったことがある程度の経験者である。従来の負けず嫌いな九峪は、同じクラスの剣道部の部員に負けて、一本取るまで短い期間であったが修行を行い、見事に一本取ったという経緯がある。

 もちろん、剣道と剣術は全然違う。剣道は実践向きではないのに比べ、剣術は実践を想定している。が、ここで注意するべき点は、仕合いでは剣道家と剣術家では剣道家のほうが強いのである。死合いでは剣術家のほうが分がある。
 この両者の違いは、剣筋の速さである。純粋にこの違いは先に一本取る事を追求した剣道と、先に壊す事を追求している剣術の差である。その為、純粋な剣道家は簀巻を斬る事が出来ない。なぜなら、剣道家は剣で打つ訓練はしても、斬る訓練はまた別で行わなければならないからである。
 よって、九峪が伊万里から一本を先に取れたとしても、鎧を着ている兵士には、何ら傷を与える事は出来ないのだった。

 そういう風な説明を、伊万里は九峪にすると、九峪はがっくりと肩を落す。いっそ棒術を学んだ方が、早く強くなれると清瑞にも指摘される。
 しかし伊万里はニッコリと微笑んでいった。
「そんなに気を落さないでください。まずは、引き手を覚えましょう」
「引き手?」
「はい。九峪様はまず、型から覚えて切り抜く事を学んでください。その他の基本的な運足や見切りは一応出来ているようですし」
「うんそ……? なんかわかんね−けど、わかった。それでどうすればいい?」
九峪が伊万里に尋ねる。
(そうだな……九峪様の打つの癖を抜かなくてはな……)
伊万里がそんな事を考えていると、清瑞が簀巻を持って来た。
「これに打ち込それで、まずはその癖を直せ」
「ああ、それはいい考えだ」
清瑞の持ってきた簀巻と案に、伊万里も賛成する。
「さぁ、素振りからだ。まずは50回を3回行うぞ」
「げ〜、まじかよ」
九峪は嫌そうな表情を浮かべる。
「なんだ、もう諦めるのか」
「誰が諦めるって言った?やってやるさ」
「とりあえず耳栓を渡しておく」
「なんでだ?」
「こうした方が、集中出来るだろう。お前は特に集中力がないからな」
「うるへぇ」
こうして、九峪は清瑞に言われるがままに、素振りを始めたのだった。





 こんな風にして九峪が剣の稽古をしているのを、直感的に嗅ぎつける人物が耶麻台国の中には数名いる。
 その内、一人が目ざとく九峪の訓練風景を目撃した。その人物とは、藤那である。
「ほう、これは良い酒のつまみだ」
そう思った藤那は、早速自分の部屋に戻って酒を用意し、訓練道場を足を運んで言った。
「面白そうな事をしているじゃないか。悪いが見物させてもらうぞ」
「……」
「……ふむ。聞こえておらんようだな。しかし、私は断りをちゃんと入れたからな。さぁ、存分に訓練するがいい」

 こうして、藤那は道場の片隅に腰を下ろし、酒を飲みながら九峪の訓練風景を見物する事となる。



 そして訓練を再開した藤那のいる場所に、只深と閑谷がやってきた。藤那は、閑谷に手を振りながら言った。
「お〜閑谷。酒は手に入ったか?」
「そ、それがね……藤那……」
閑谷は遠慮がちに、藤那と只深を交互に見る。
「手に入ったやおまへん。藤那はん、一体どれだけ酒を飲むつもりや!? いい加減、お酒の在庫もなくなりますわ」
「ん〜、そう言ってもな。私一人酒を飲みつづけた所で、たかが知れているだろう」
「そういう問題やおまへん」
「まぁまぁ、そう硬い事言わずに一緒に飲もうではないか。良い酒のつまみもあることだし」
そう言って、藤那は九峪を顎でさす。只深はその方向を向き、初めて九峪の存在に気がついた。
「九峪はんやおまへんか。一体、なにしてますの?」
「ん〜、剣の稽古だと」
「はぁ〜稽古でっか。感心しますわ〜」
「まぁ、そういう事だ。アレを見ながら、一杯やらんか?」
「………まぁ、それもそうですな」
簡単に只深は藤那の姦計(?)に堕ちてしまう。
「それじゃうちは、ちょっとおつまみでも探して持ってきますわ」
「おお、よろしくな」

 こうして、しばし只深はその場から離れる事となる。

 この時、ちょうど伊万里と清瑞は、九峪の訓練の役に立ちそうなものを探しに、一般兵士の訓練場に居た為、藤那と只深のやり取りはおろか、見物している事さえ未だ知らなかった。



 只深が訓練場に戻ってきた時、只深と一緒に訓練場にやってきた者達が居た。志野と珠洲・織部である。
 三強にして喋る機関銃の一人である只深が、黙ってツマミと酒を取りにいくはずもなく、すれ違う人に九峪の事を言って回った。


それにより、九峪の秘密特訓が見事に水泡に帰した瞬間だった。



「な、何で皆さんがここに……」
清瑞が訓練場に戻ってきた時の第一声がそれだった。
 すでに訓練場の中は、宴会場と化している。それと、伊万里はまだ戻ってきていない。
 九峪は耳栓をしているので聞こえない。清瑞は恐ろしくて、耳栓をしている九峪に近づけないでいる。そして九峪は、黙々と簀巻を叩きつづけている……と思ったら、ぴたりとその手が止まり、耳栓を外す。そして、ゆっくりと振り向いた。

「………」

『………』


静寂が、その場を支配する。

「………」

『………』


 九峪は、目だけであたりを見回し、状況を判断しようとする。そしてその視線が、清瑞に止まった。
「(一体どういう事だ!?)」
「(いや、私にはわからない)」
「(何でこいつらがここにいるんだ!?)」
「(いや、私にはわからない)」
「(どうしてこいつらは宴会をしているんだ!?)」
「(いや、私にはわからない)」
お互い視線だけで会話している。普段は成立しないが、時と場合と雰囲気によって、お互いの意思は視線だけで疎通できてしまうほどの奇跡を生んでいるのだろう。
「どうした九峪。もうおしまいか?」
始めに沈黙を破ったのは、藤那だった。
「どうした? 疲れて声が出ないのか?」
「……でだ……」
「はぁ?」

「何で、お前らがここにいるんだ−!!」


九峪は、疲れを感じさせないくらい力いっぱい叫ぶ。それに対し、藤那は平然と答えた。
「何でといわれてもな。ちゃんと断ったではないか。『見物するぞ』とな」
「そんな事聞いてないぞ!!」
「そんな事は知らん。聞いてない方が悪いんだ」
九峪の言葉に、藤那は平然と答える。
「うがぁぁぁ。俺は見世物じゃねぇ−!!」
「まぁまぁ九峪様。落ち着いて下さい。それより、何故こんな事を?」
志野は、怒り狂う九峪をなだめる為に、わざと話題をそらす。
「何故って……そりゃ……その……」
九峪は、悪い噂を払拭させる為とは、恥かしくて言えずにいた。言ってしまうと、なんとなくかっこ悪いと思ったからである。
「話してみてくださいな。私達でよければ力になりますから、、、珠洲もそう思うでしょ」
「えっ? 何でこんな助平のために……」
「珠洲、、、、、、も・ち・ろ・ん、 手伝ってくれるわよね」
志野はニッコリと微笑む。男なら、思わずにやけてしまいそうな笑顔だが、目は笑っていない。
「も、、、もちろん、手伝う……手伝う」
志野の妙な迫力に押され、珠洲はたじたじになりながらも了承する。
「そういうわけで、いつでもお手伝いしますわ」
「あ、ああ、、、そりゃ、助かるよ……」
九峪としては、志野の申し出を、無下にすることが出来なかった。



 結局、志野にはぐらかされたと言うのと、みんなにばれてしまったと言う事で秘密特訓の意味がなくなってしまった九峪は、戻ってきた伊万里達数人の指導者の訓練表に従って、訓練する事で落ち着いた。
 そして、どうせ訓練するなら効果的な訓練であるべきと言う珠洲の最もな意見で、彼女の練習用のカカシでの打ち込みをする事となった。






見た目はカカシである。






動くのである。





動かすのは、珠洲である。




 しかも、このカカシの顔には『九峪』とデカデカと書かれた竹管がつけられており、同じようにその体には、でかでかと『助平』と書かれた竹管がぶら下がっている。


 自分が馬鹿にされている気がした九峪は激怒した。


「なんなんだ、これはぁ!!」


「カカシ」

珠洲は、涼しい顔で答える。
「カカシなのは分かる。何で顔に『九峪』と書かれてあって、胸には『助平』と書いてあるのかって聞いているんだ」
「……おかしいところは……ない」

「おかしいとこだらけじゃ−!!」


九峪は叫ぶ。
「ちょ、ちょっと珠洲…」
珠洲の言い方に、さすがに志野が口をはさんでくる。
「ちゃんと説明しなきゃわからないわよ」
「せ、説明って……なんで外しなさいとは言わないんだ?」
志野の、カカシ自体に問題と違和感を感じていない物言いに、九峪が疑問を投げかける。
「えっ? あ、え〜と、その、あれですよあれ」
志野は口篭もりながら言う。
「あれ?」
「ええ、あれです」
志野自身、あれがなんなのか分かっていない。しかし、九峪の機嫌を損なわないような言葉が見つからずにいた。


 さすがにこのままでは埒があかないと思った九峪は、珠洲に向き直って言った。
「あ〜もうわからん。とにかく、とっとと外せよ」
九峪の言葉に、珠洲は少し間を置いて言った。
「……九峪様……何もわかってない」
「何がわかってないんだ?」
その言葉に珠洲は、哀れみの目を向ける。その眼は、何でわからないんだろうと言う人を馬鹿にしたものだった。いつも珠洲は九峪を馬鹿にした目をしているわけなのだが。
「うわ、俺って馬鹿にされてない? この餓鬼に……」
「餓鬼じゃない。珠洲だもん」
「ま、まぁまぁ、珠洲も九峪様も落ち着いて。それより、珠洲。九峪様は何をわかってないの?」
志野は、はらはらしながら九峪と珠洲の間に入って割る。しかし、珠洲は答えずに横を向いたままだ。
「私が変わりに答えてやろう」
ここで口を出してきたのは、藤那であった。
「簡単なことだ。戦いとは、常に敵ではなく己との戦いだ。だからこそ、己の分身を模して、顔に『九峪』と書いた竹管をつけているんだ」
「ああ、なるほど」
藤那の説明に、志野は納得する。九峪はそれには納得した。

 しかし、納得出来ない部分もある。九峪は、その納得出来ない部分を聞いた。
「だったらなそれで、胸に『助平』なんて書いあるんだよ」
「それは簡単。助平心を鍛え直せという、願いでも込めてるんだろ」

「なんでそうなる−!!」


 九峪は、まるで自分が助平な人間だと言われた気がして激怒するが、そこにいた面々の誰もそのことに対しては、あえて何も言わい。




 妙な沈黙が流れる。






 その沈黙と言う現実と、周りの人間の本音に、九峪は打ちひしがれ、消え去りそうな声で珠洲に言った。

「…………これでいいです。はじめてください…………」

「………よろしい……」





 こうして、カカシと九峪の特訓が始まった。しかし、叩いても怯まないカカシ相手に、九峪はどんどん体に打撲を負っていく。なぜなら、カカシも木刀を持って九峪に打ち付けているからだ。しかも、カカシは防御などしない。最初、あまりに理不尽な戦い方に九峪は抗議したが、避けられない九峪が悪いと言う事で話が通ってしまったのだ。

 そして、何度か打ち合いした挙句、ついに九峪は倒れて意識を失いかけたと言う経緯である。







 珠洲が九峪を見下ろし、指を突きつけて言った。

「お前はもう、死んでいる」


「まだだ、まだ俺は終わっちゃいない」
俺は、ゆっくりと起き上がる。

 体の節々に痛みを感じるが、人間痛みなど意志の力でどうにでもなるらしい。
「死人は寝てろ」
珠洲は、無常にも九峪に死の宣告を突きつける。
「おい珠洲。寝てたら修行にならないだろう。言いから、もっと痛めつけろ」
「ちょっとまて−!! 藤那……今なんていった?」
「寝てたら修行にならん……か?」
「その後の部分だ」
「あ〜。忘れた」
「こんの、くそのんべぇ……」
九峪は、拳をわなわなと震わせて怒りを堪える。
(まだだ、まだ奴には勝てない。今は我慢だ雅比古!!)
そう自分に言い聞かせて、木刀を握りなおす。
「さぁ、もう一本だ!!」
九峪は声を荒げて、気合を入れる。
「………」
九峪の意外ながんばりに、珠洲は何も言わなかった。







******

「九峪様……」








ドカ!!












「無駄な」









バキ!!











「動きが」









ボコ!!









「多い」






バタン!!








「し……死ぬ…………」
「まだ無駄口を叩く余裕があるようね」
「鬼………」
九峪は、痛む体に鞭打って立ち上がる。
「(斬り方の訓練はどうした?)」
そんな思いが九峪の頭をよぎるが、珠洲は容赦なく言い放つ。
「……じゃ、もう一度」
そう宣言すると、珠洲はカカシを操り糸で、再び動かし始める。

 九峪は、握った木刀を正眼に構え、無意識の内に、体を横向きにする。その方が、正面を向いて構える時よりも、体を多く晒さなくて済む事を学んでいた。

カラ………カラカラカラ

 カカシの歯車の音が聞こえる。

 人には出来ない動きをする人形に最初は戸惑っていた。
 しかし九峪は、カカシが動く時に出る歯車の音を聞き分け、動きに対応してきていた。

「………くっ………」
思うように攻撃が当たらなくなって来ている珠洲は、内心舌打ちする。

 いくら人間に出来ない動きをするカカシでも、人と違って瞬時の応用は利かないし、柔軟な動きは出来ない。

ガキッ!!  ヒュンヒュン バン、バン

九峪は相手の動きをじっくり監察し、木刀で牽制しながら攻撃を封じる。

 伊万里が認めていたように、九峪の見切りは有段者並なのである。
九峪の物事の本質を見抜くずば抜けた洞察力は、ここでも力を発揮していた。

「(人形の動きは大体わかった。その弱点は大きく二つあるが………)」
カカシの攻撃を避けながら、九峪は冷静に考えていた。
「………そこっ!!………」
珠洲は、一瞬の隙を見逃さずに九峪に攻撃を仕掛ける。人形の腕が伸びて、九峪の腹を狙う。
「うわっぁと」
体を捻りながら後ろに態勢を逸らしてかわす。



ドカッ





 何とか人形の攻撃をかわした九峪だったが、バランスが取れずにそのまま転倒してしまう。
それを見た珠洲が、九峪を見下ろしながら言った。

「…………どうしたの…………もう終わり?…………」
「いや、なんとなくわかってきた所だ」
そう言うと、九峪は起き上がる。それを確認すると、珠洲は再びカカシを操り、九峪に襲い掛からせる。


「(簡単な事だよな)」


九峪は心の中でそう思うと、後ろに下がる。
カカシは、後ろに下がった九峪を追う。
九峪はさらに下がる。
カカシは、さらに下がった九峪を追いかける。



ガク、ガク、、、




「!?」
カカシの動きがとたんに悪くなり、膝を曲げる。

 よく見ると、人形を操る糸が伸びきり、遊び(緩み)がほとんど無くなっていた。
それに気付いた珠洲は、人形と自分との間の距離をつめるが、それより早く人形の糸を九峪は素手で掴んだ。
「ま、他にもいろいろ攻略法はあるんだけどな。遊びが無くなれば動きが悪くなる。逆に遊びがあり過ぎても動きが悪くなる。人形使いと人形との距離は常に一定に保たないと、相手の動きについていけない。これが弱点の一つ」
そう言うと、九峪は人形と珠洲の間に体を割り込ませる。
「これが、二つ目の弱点。人形と傀儡師との間に割り込めば、傀儡師の間合いを崩す事が出来る。手前に向かって移動させるのは難しいんじゃないのか?」
「…………」
九峪の疑問に、珠洲は黙って沈黙を保つ。素直ではない珠洲に、九峪は肩をすくめる。そんな油断している九峪の隙を突き、珠洲はカカシを操る。珠洲の操るカカシは、九峪に………つまり、手前に向かって動く。
「ま、そうだろうな」
珠洲の性格から、その行動をあらかじめ予測していた九峪は、慌てずにそのまま一足飛びで珠洲の目の前に移動する。
「なっ!?」
瞬間移動したような九峪の動きに珠洲は驚いてしまい、その油断がミスを誘ってしまった。


 カカシと傀儡師の距離が詰まれば、糸の遊びが大きくなってしまう……が、遊びが一定の大きさを越えると、カカシは傀儡師の操作の手から離れてしまうのである。

 珠洲の手を離れたカカシは、そのままの勢いで九峪に……そしてその先にいる珠洲に向かって…………






ドカァァァァァァ












 珠洲がカカシの操作を失敗するとは思っていなかった為、九峪は見事に珠洲を巻き込んで転倒する。
結果、九峪は人形に押し倒され、珠洲は九峪に押し倒された形になる。
「痛てててて…………」
「……重い……」
九峪の下敷きになった珠洲が、抗議の声をあげる。
「わかってるよ、仕方ないだろ」
見た目よりも重たいカカシをどかそうとするが、操り糸が絡まって思うようにいかない。

 倒れこんでいる九峪と珠洲の側に、見学者たちが集まってくる。
「大丈夫ですか、九峪様」
そう声をかけてきたのは伊万里だった。
「ああ、大丈夫だ」
顔だけそちらを向けて、返事をする。そして再び、カカシを退けようとするが
「くそ、くそっ―――って、うわっと」
不自然な体勢での作業だった為、九峪はバランスを崩して再び倒れこんでしまった。

 下になっている珠洲にとっては、たまったものではない。
「(わざとやってる)」
そう思った珠洲は、今の状況を甘んじて受けるほど大人でもなく、九峪に仕返しをする事に決めた。


「…………九峪様………その………あたってる………」

ピ、ピキィ!!

「は、はぁ!?」
珠洲のいきなりの言葉に、九峪は素っ頓狂な声を出す。そして、何かにヒビが入る音を確かに聞いた。

 周りの空気が変わったのを感じ取った珠洲は、さらに続けて言う。
「…………九峪様…………その……人前だよ………」
そう言うと珠洲は、頬を赤らめ九峪から視線を逸らす仕草をする。


ピキピキ!!

再び九峪は、何かにヒビが入る音を聞いた。

「く、九峪様……そのままだと、珠洲が苦しいでしょうから、早く立ち上がっては?」
言葉に冷たさと怒気を含ませながら、志野は倒れている二人に指摘する。その言葉に同調して珠洲は言った。
「……ん………重い………」
「ほら、珠洲もそう言ってますし……」
「……でも……いつもだし………慣れてるから………」

「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんんんんんんんんんででででででででですすすすすすすすすすてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


 一体どんな想像をしたのか本人以外は分からないが、星華は形相は修羅の領域に突入した。

そしてあたりの物を破壊し始める。



後に、この惨劇の跡を見た嵩虎はこう呟いた。











「ゴジラ、日本上陸」






 星華の破壊活動を他所に、それぞれ九峪に白い目を向ける。
「九峪様………すけべ、すけべとは思っていましたが…………そこまで堕ちていたのですか…………」
「い、伊万里……俺を信じてくれ!!」
「………少女趣味だったのか。優柔不断とばかり思っていたが………」
「藤那。俺にはそんな趣味は無い!!」
「………九峪様………年齢限定型やったんか」
「只深………追い詰めないでくれ……」
「……いやいや、この場合は年齢指定型でしょう」
「亜衣………俺に何の恨みがあるんだ……」
「九峪様の世界じゃ、『まにあっく』って言うんだよね?」
「上乃にそんな言葉教えた覚えは無いぞ−!!」
「うん? 『ろりこん』じゃなかったか?」
「織部にも教えた覚えね−!!」
「そはいえば、羽江と珠洲は同年代だったな…………気をつけておけ」
「清瑞……お前までそんな事を言うのか……」
だが、九峪を余所に集まった者達はひそひそと九峪に聞こえるように、自分の想像を近くの者に話しつづける。

 自分の事を信じてくれない皆に、九峪は顔を上げて叫んで言った。
「待て待て待て待て皆!! 勘違いだ!! 陰謀だ!! 策略だ!! 謀略だ!! そして誤解だ!!」
九峪は、自分の株価が暴落しているを感じて必死に弁護する。しかし、今の状態で何を言っても説得力が無い。
前後の出来事から考えればそんな事は無いが、集待っている面々は、珠洲の術中に陥ってしまっていた。

 中には、冷静な者もいる。香蘭と夷緒である。
「皆さん………本当に信じなくても」
「怒る、よくない。ところで、なにおこてるか?」
訂正、香蘭は天然である。

 九峪は、自分を追い込んでいる珠洲を睨んでいった。
「珠洲、大体お前のせいで勘違いされてるんだぞ。お前も何とか言えよ!!」
「………みつめちゃ、、、、、イヤ」
「みつめてねぇぇぇぇぇぇ!!」
「ボク、、、、、、、、、いいよ、、、、、、、大丈夫、、、、、、泣かないから
「なに演技いれてんだ−!! しかも、棒読み−!!“ボク”を使うなぁぁぁぁ!!」
しかし、志野は衝撃を受けたようによろめきながら呟く。
「―――――珠洲、、、、そう、、、、、そうだったの…………」
「そこ、本気にするな−!!」
九峪は叫びつづけた影響で、息を切らす。そして、怒りの形相を珠洲に向けて言った。
「はぁはぁはぁ…………珠洲………どういうつもりだ? 悪ふざけにもほどがあるぞ」
「だって、ボク、、、、ようじょ、、、だもん」

ポチ

しらを切りとおす珠洲に、九峪の中の何かにスイッチが入る。
「この後に及んで、この腹黒幼女がなにぬかすかぁぁぁぁぁ!!」
「お兄ちゃん、、、、来て、、、、」
「何処まで俺を追い込めば気が済むんだ―!!」
「………ニャン」
「お前は何処まで突き進む気だ―!!」
「ふぇ………ひどいよ…………責任とってよ………」
「帰ってこ−い!!」
「珠洲ちゃんの、腹の黒さは御姉様並よね」
「うぐぅ」
夷緒の呟きに、珠洲がうめきを上げる。どうやら、堪えたらしい。

 しかし、その言葉に過敏に反応する娘がもう一人居た。亜衣である。
「ちょっと夷緒、それってどういう事だ!?」
「あら、お姉さま。自覚が無かったのですか?」
「私は軍師で、政を取り仕切っているのだ。本意とは別の、辛い決断をしなければならない。大局を見据えているんだ。感情でしか物事を判断出来ない筋肉馬鹿娘が、なにを悟った風な事を………」
亜衣はそう言うと、夷緒に嘲笑の笑みを向ける。
「あらお姉様。私の事を、馬鹿とおっしゃいますの?」
「ほう………馬鹿にされた事がわかるくらいは賢いようだな」
「御姉様………怒りますよ」
「怒るなよ。馬鹿じゃない奴を馬鹿にする事に意味があるんだ。本当に馬鹿な奴に馬鹿と言っても意味ないだろ。そいつは馬鹿なんだからな。それもわからず、馬鹿を馬鹿にする奴は馬鹿なんだ。だから、お前は馬鹿じゃないんだ。良かったなぁ」
そう言うと、亜衣はポンポンと夷緒の肩を叩く。
「ぐぁ、なんか悔しいわ。なんか悔しいわ。馬鹿にされているようで、悔しいわ。悔しいのよ!!」
「いや、だから馬鹿にされてるんだろ」
九峪はそう指摘する。

「なんですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


夷緒はそう叫ぶと、手近な物(カカシ)を力任せに持ち上げる。
「おお、うわ、うわぁ!?」
カカシの操り糸に絡待っている九峪も一緒に、引きずられてしまう。
夷緒はそれに気付かず、そのカカシを亜衣を巻き込んで外に向かって全力で投げつける。




ブチブチブチブチ―――――。びゅ〜〜〜〜〜ん



盛大に糸の切れる音と、カカシの飛んでいく音が聞こえる。




「いやぁ、訓練で、掻いた汗は、気持ちよかね」
外を歩いていた砥部は、訓練から部屋に戻る途中だった。
「おお、砥部やないか。どげんしたね? 訓練から戻りか?」
「重然かぁ。そうなんよ」
「そうかぁ。どや、この後一杯やらんか?」
「そりゃ、ええのう」




びゅ〜〜〜〜〜ん






「うん? なんの……と―――――」




チュド――――ン






「ゴルバブァベギャ」


「と、砥部ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

重然は叫ぶ。しかし、哀れにも砥部は偶然にも跳んできたカカシの餌食となる。そして――――

「な、なんやと!?」


砥部に命中したカカシが軌道を変え、重然に向かって飛んで来る。
「こなくそ、こうなったらワイのひっさ―」

チュド――――ン



言い終わる前に、カカシは重然に命中する。
「………ま、まだ………セリフの途中や…ないけ………ぐふぅ」
重然はセリフの途中で半ば倒れた。




後に、この惨劇の跡を見た嵩虎はこう呟いた。











「祝・二枚抜き達成」



正確には三枚抜きである。



 幸か不幸か夷緒の活躍(?)のおかげで、九峪はカカシと珠洲から開放される。
しかし、九峪本人は力尽き、気絶している。巻き込まれた亜衣も一緒に気絶をする。
「きゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
倒れて気絶した九峪を見て、亜衣は感想を述べる。
「ほら、夷緒の馬鹿力で九峪様が死んでしまったではないか」
「亜衣さん。九峪様はまだ生きています!! 勝手に殺さないで下さい」
志野がきっぱりと言う。
「それより、下敷きになってた私の心配はしてくれないわけ?」
存在を忘れられていた珠洲が講義の声をあげる。
「あれほど九峪様を苛めたんだ。本望だろう?」
そう応えたのは、藤那である。
「気が付いてたの?」
珠洲が意外そうな表情をする。
「あれが、珠洲のいたずらなのは、誰が見てもわかるぜ」
そう言うと、織部はにやりとする。その表情からは、最初からすべてお見通しだったと言うようである。
「あそこに、約一名わかってない人も居るようやけど………」
只深はそう言うと、暴れている星華の方を向く。そこには、いまだ破壊活動をしている星華の姿があった。
「ぬがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「………誰か、止めないの? 道場がつかえなくなる前に………」
「いいんじゃない? 巻き込まれるのも嫌だし」
上乃の指摘に、誰もが逸れもそうだと相槌を打つ。

 そんな中、土岐は一人呟く。
「しかし、まぁ…………これは好機なのだろうな」
「ん? 土岐……なにが好機なんだ?」
耳ざとく聞きつけた藤那は土岐に聞きなおす。土岐は、特に深く考えるでもなく、自分の考えを述べた。
「なに。ここで九峪様を介抱すれば、好感度上昇間違いな――」

ドタドタドタバタバタバタ



 土岐が言い終わる前に、集まったヒロイン達は倒れている九峪に突進していく。



 その様子を、土岐は苦笑交じりに感想を述べる。
「恋に戦い。みな、相手には事欠かぬようだ」
そして、九峪の未来に少し同情すると付け加えるのだった。



To be continue ?