ある日の午後



「ふ……あ〜あ」
 午前中の業務を片付け、九峪は大きく伸びをした。
「ご苦労様でした、九峪様。どうぞ、ご休憩なさってください」
「おう。そうさせてもらうよ」
 散らばった竹簡を片付けながら言う高虎に応え、自室を出た。
 ずっと部屋に篭っていたため、振りかかる陽光が少し、目に痛い。
 たまらず俯き、眼下の風景を見下ろした。
 いろいろな場所で、いろいろな風景。
 錬兵場では、兵士たちが訓練している。通りでは市がたち、人が賑わっている。海人の魚と農民の野菜が物々交換され、子供がはしゃぎ、走り回る。
 クスリと、笑った。
 視線を移動させる。少しはずれには厩があり、そしてその隣には竜舎がある。耶麻台復興軍に協力してくれている飛竜たちの寝床だ。
 竜舎から、飛竜が一匹飛び出した。その背には、一人の女性が乗っている。飛竜の里に住まう魅土だろうと、九谷はあたりをつけた。
 飛竜たちには狭かろう竜舎を出て、軽やかに舞いあがる飛竜。
 その光景をなんとなく目で追うと、上昇した飛竜はこちらへと近付いてきた。
 背に乗る女性は、やはり魅土だった。
「こんにちは、九峪さま」
「おう、魅土。ご苦労さん」
 眼前にまできた飛竜。その首の付け根あたりに座る魅土と、九峪は挨拶を交わした。
「どうかしたのか?」
「いえ、九峪さまがこちらを見られていたので、何かご用かと」
「あ、いや、違うんだ。ぼ〜っとしてただけだから」
「あら。そうだったんですか」
 なんでもない会話。それがどこか、心地よい。
「散歩か?」
「はい。まーくんが退屈そうにしてたので」
 言って、魅土は飛竜の首を撫でる。飛竜――まーくん――の口から、甘えた声が流れた。
「散歩か。そうだよなぁ、絶好の散歩日和だよな。部屋の中に閉じこもってちゃ、湿っちまう」
「あら。ずっとお部屋にいらしたんですか?」
「朝からずっと執務さ。高虎が離してくれなくてな。一段落ついたんで、ようやっと解放してもらえた」
「あらあら」
 小さく笑う魅土。
「それでしたら、どうです、九峪さま? 一緒に空を舞ってみませんか? 気持ちいいですよ」
「お、いいねぇ。ちょうど気分転換したかったんだ。よろしく頼むぜ」
「はい。それでは、後ろにどうぞ」
 言われるまま、九峪は魅土の後ろに乗り、その細い腰に手を回した。
「落ちないよう、しっかり掴まっててくださいよ。それ!」
 合図とともに、飛竜は高らかに舞いあがる。  城を越え、山を抜き、雲に届かんというところまで。
「ひゅ〜♪ すっげぇな!」
「でしょう! 上空だから風が強いですけど、下の眺めは抜群なんですよ!」
 見下ろすと、もはや人の形などわからない。城が、街が、とても小さくなっていた。
「ほんと、怖いくらいだな!」
 周囲を見回す九峪。  前方に見えるのは阿蘇山だろうか。右には、海の向こうにうっすらと陸らしきものが見える。きっと四国だろう。左は一面大海原で、九峪は水平線を生まれて初めて拝んだ。後ろのあの小さなのは桜島か。 360度、まわりすべてが景色。飛行機の窓から見たときと、よく似た風景。でも、それよりも壮大で、雄大で……
「あはははは!」
 なぜだかとても愉快になり、九谷は笑った。
「楽しいですか、九峪さま?」
「ああ、楽しい! こんな楽しいのは初めてだ!」
「ふふ。それはようございました」
 そうして、魅土と九峪、そして飛竜のまーくんは、暫しの間、空中散歩を楽しんだ。




「今日はサンキュー、魅土。楽しかった」
 飛竜から降りて、九峪は魅土に礼を言った。
「さんきう?」
「ああ、ありがとうってこと」
「そうですか。いえ、こちらこそ、九峪さまのお役に立てて嬉しいです」
「はは、そう言われると照れるな。  そうだ。よかったらさ、また暇なときに―――」
「九峪さま!」
 九峪の言葉を、鋭いがどこか緊張感に欠ける声が遮った。  声の方向に振り向く二人。
 高虎が、九谷を睨みつけていた。
「高虎。どうしたんだ、んな怖い顔して?」
「どうしたんだ、ではありません! 仕事もなさらずにどこをほっつき歩いていたんですか!」
「仕事は午前中に終えただろ?」
「誰があれで終わりといいました! 私は休憩してくださいと言っただけです! 仕事はまだまだ残っているんですよ!」
「なにぃ!?」
 思いもしなかった言葉に驚愕の九峪。その腕を掴み、高虎は問答無用で九谷を連行していった。
「それなのに九峪さまときたら! 言っときますが、今日の予定を終えるまではもう休憩もさせませんからね!」
「そんな殺生な!」
「休憩ごとにふらりといなくなられる方が悪いんです!」
「ああ、もう! 魅土!」
 廊下を曲がるとき、 「また乗せてくれな!」
 九峪はそう、魅土に言い残していった。




 九峪さまと別れ、わたしはまーくんと竜舎へ戻った。
「まーくん、お疲れさま」
 首筋を叩いて労う。本当に、ご苦労様。
「楽しかった?」
 肯定の唸り声。
「そう。うん、私も、楽しかったよ」
 九峪さまと一緒で、本当に楽しかった。
 九峪さまは不思議な方だ。
 彼は耶麻台復興軍最高司令官にして神の御使い。でも、普段はそんなことは微塵も感じさせない。緊張感も威厳もなく、誰とでも対等に話す。
 純粋にヒトではない私にも、なんら含むところもなく。
 本当に、あの人は不思議な方だ。
 今日の散歩。九峪さまは本当に楽しそうだった。空を飛んでることに、空から見える景色に、まるで子供のようにはしゃいで、喜んで。
 あんなに喜ばれると、こっちまで楽しくなってくる。嬉しくなってくる。
「……今日は本当に、楽しかった」
 腰に回された腕は温かかった。背中に感じる胸は、見た目とは裏腹に逞しかった。聞こえる鼓動は安らかで、安心できた。
 九峪さまは知っているだろうか。
 幼少ならともかく、大人の竜神は、異性と共に天翔けたりしない。
 それをするのは、恋人と呼ばれる関係にある者たちだけなのだ。

 ……知ってるはず、ないか。

「ねぇ、まーくん」
 でも、また乗せてって、言われた。また、一緒に。
「また、九峪さまと一緒に乗っていい?」
 まーくんからの返事は、肯定の唸り声。そうか。君も九峪さまを気に入ったんだね。
「私、がんばるから。まーくん、応援よろしくね?」
 再び、肯定の唸り声。まーくんと別れて、私は竜舎を出た。
 競争率は、異常に高い。
 並み居る敵は盛り沢山。どれもちょっとやそっとじゃ倒せそうにない。 でも、負けるつもりはない。
「九峪さまと添い遂げるのは、私ですからね」
 空は夕焼け。世界を緋く染める太陽を眺め、私はそう、好敵手たちに向けて宣言した。


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   後書き

 どうも、初めまして。桜華と申します。
 本作品はいかがだったでしょうか。このSS、構想・執筆合わせて六時間もかけていません。ほぼ即興です。
 そもそも相互リンクを申し出てくれる方がいるなんて夢にも思わなかった私。記念SSとか、考えてもいませんでした。ですがいい機会なんで、魅土で一本。  さて、この魅土ですが、ゲーム版のみの登場なんで知らない方もおられるでしょうが、私のお気に入りです。
 ゲームで枇杷島へ進撃するムービーの最初に、九峪に向かって頷いて舞いあがる彼女が出るんですが、そこで惚れました。
 もう、その顔がすさまじいんですよ。笑顔なんですけど、攻撃的な笑顔といいましょうか、ぎらついてて。人とは違うという面を描こうとしてああいう表情をさせたのなら、それは成功でないかなと思います。
 で、その顔に惚れた私。その時点で一つ空いていた恋人欄。
 ……そこに魅土が入るものと思ってしまった私を、誰が責められましょうか。
 ええ、もう、魅土を速攻九峪軍に入れて全戦闘に出しましたよ。
 そうして枇杷島をクリアした私。楽しみに楽しみに、恋人蘭を開く私。
 しかし、そこに魅土はいない。
 ………泣きました。叫びました。

「なぜだ―――――――ッ!!」って。

 というわけで、これはそんな無念をこめたSSです。誰か、九峪×魅土な作品を知っている方、いないでしょうか。もしいましたらご一報下さい。
 では、この辺で。  桜華でした。